光嶋裕介『建築という対話』を読む

   

 光嶋裕介『建築という対話』(ちくまプリマ―新書)を読む。副題が「僕はこうして家をつくる」とあり、今年37歳の若い建築家の自叙伝だ。父の転勤に伴って、アメリカで生まれて育ち、いったん日本に帰り、また父の転勤で中学からカナダへ行く。高校は早稲田大学付属に入り、一度は画家を目指すが、3カ月ほどで挫折する。担任の先生から建築家はどうだとアドバイスされ、早稲田の建築科へ入る。バイトで35万円貯めて、5週間の建築を見て回る旅に出る。
 早稲田では建築家石山修武に学び、大学院では2年間、烏山の石山の自邸兼設計事務所に通う。卒業後ドイツの設計事務所に勤めることができ、4年間勤めたあとで日本に戻り、桑沢デザイン研究所で教えたりしながら自分の事務所を持つ。最初の仕事は内田樹合気道道場の設計だった。
 光嶋が子どものころから何を考えて何をして建築家になったかよく分かる。文章もとても読みやすい。副題にあるように建築家になった光嶋の早すぎる自叙伝となっている。ただ、いかにして建築家になり、建築家とはどういう職業かという観点で書かれていることを期待すると少し違っている。このちくまプリマ―新書は、中高生向けのシリーズで、まさに中高生に向けて進路選択はどう考えたらよいのかという、光嶋の体験をもとにした進路指導書という位置づけだと思う。そういう点でよくできている。
 むかし見たフランス映画のクロード・ルルーシュ監督『男と女』を思い出した。日本での公開にあたり、日本の配給会社は最初自動車レースの映画で売ろうと考えた。しかし方針を変更して恋愛映画で売り出して、これが大当たりした。本書『建築という対話』も建築を素材にしているが、むしろ青年の進路選択の手引書とした方が良いのではないか。題名もそれに沿ったものを採用すれば売り上げも違ったろうに、などと余計なことを考えてしまった。
 外国語の学び方について光嶋が書いている。

……綺麗な発音で、正しい英語を話すことがコミュニケーションにとって最も大切であるかのように、わたしたちは学校で教わりました。しかし、世界中を旅しながらいろんな人と話してみると、僕の実感として最も大事なことは、英単語の量や文法の正確さなどではありませんでした。ましてや、発音の良し悪しでもありません。
 むしろ建築について語りたい、あなたのことが知りたい、この街のおすすめスポットを教えてもらいたい、旅先の文化に全身でダイブしたい、という本気で切実な思いが対話の醍醐味だったように思います。旅を通して僕は対話の作法を教えられました。それは、共感の種をたくさん持っておくことです。
 会話する能力そのものよりも、伝えたい何かがあることの方が、よほど重要なのです。ジェスチャーも含めて、人は言語を超えてコミュニケーションを成立させていることを、遠い外国で存分に味わいました。

 本書の読みやすさは、この本の成立方法から来ていた。漠然としたテーマだけを用意して、編集者と3時間ほど4回語り合った。それを文字に起こしてもらって、光嶋がほぼまるっきり書き直す。読みやすく分かりやすいのは、基本が語りでできているからだろう。私が読んでも面白かったが、進路に悩んでいる若い人に勧めたい。