年末恒例の朝日新聞書評委員が選ぶ「今年の3点」から、気になったものを拾った。
毎日新聞の今年の「この3点」でも2人の書評委員が選んでいた『地図と拳』、朝日新聞でも2人が選んでいる。
*小川哲『地図と拳』(集英社)
澤田瞳子・選
歴史上、十数年だけ存在した、旧満州国。様々な思惑を抱いてかの地に交錯する人々を通じ、国家と戦争を俯瞰的に描く。過去を描きながら、現代の我々の胸倉を掴んで離さぬ物語である。
藤田香織・選
今年は『君のクイズ』も話題になった著者だが、年末年始にはガッツリ浸れる本書をお薦め。旧満州の架空都市を舞台に日露戦争前から約半世紀にわたる、骨太で重く、なのに自由な物語。年明けの直木賞候補にもなっている大注目作だ。
柄谷行人・選
本書では、『古代ユダヤ教』でヴェーバーも指摘した、権力や国家に抵抗し、自由で平等な共同体を作ろうとする、古代イスラエルの民の精神が鮮やかに描き出される。盛り沢山で、楽しい内容。並木による独創的な「ヨブ記」論にも注目したい。
これは私もブログで紹介した。
神林龍・選
もともと饒舌な作家だが、作家自身に自分の作品にかんしてここまで書かせる社会をどう考えるかという問いが思い浮かんだ。
私もこれはブログで紹介した。
*尾崎信一郎『戦後日本の抽象美術 具体・前衛書・アンフォルメル』(思文閣出版)
椹木野衣・選
本書は「生涯一学芸員」を座右の銘とする著者が35年務め定年を迎えた「天職」の総決算。新天地となった鳥取県での新美術館整備事業はウォーホルの収蔵をめぐってざわついているが、縁の下にどれだけの蓄積があるか。
*塚本豊子『画廊と作家たち』(新潮社)
椹木野衣・選
バブル直前に独力で画廊を開いた画廊主がコロナ禍で場を閉める直前までの約37年間を回顧する。『戦後日本の抽象美術 具体・前衛書・アンフォルメル』のような大著ではないが、ささやかな記述のなかに時代を読みとく鍵が眠っている。
宮地ゆう・選
ウクライナ侵攻、安部元首相銃撃、安保政策の大転換と、歴史に残る出来事が続いた今年、本書は小説が現実を追い抜くかに感じた大作。ヤクザ、CIAエージェント、政商、ホームレス詩人、介護ヘルパーらが米国にも中国にも隷従しない日本を目指して繰り広げる壮大な「世直し」。創作の力に圧倒された。
*高野秀行『語学の天才まで1億光年」(集英社インターナショナル)
藤井裕介(読書編集長)・選
本書では、アフリカの奥地などに分け入っていく探検家が、各地の言語の森にもずんずんと進んでいく。言語を学ぶ魅力があふれ、楽しめた。
*佐野元春『ザ・ソングライターズ』(スイッチ・パブリッシング)
藤田香織・選
本書は今年いちばん「いい本読んじゃったなぁ!」とウキウキした対話集。小田和正、さだまさし、矢野顕子、桜井和寿、大瀧詠一といった24人のソングライターを招き、主に音楽詞表現について話を聞いているのだけど、凄まじく内容が濃い。数えきれない驚きと発見があった。
以上、朝日新聞2022年12月24日付け。