『信州人 虫を食べる』を読む

 『信州人 虫を食べる』(信濃毎日新聞社)を読む。著者は田下昌志・丸山潔・福本匡志・横山裕之・保科千丈の5名。太田寛長野県副知事が巻頭言を書いている。3つの章に分かれていて、第1章が「虫の4大珍味 伝統的な信州の味」となっており、ジバチ、イナゴ、ザザムシ、カイコが取り上げられている。第2章が「必ず誰かは食べている おいしい虫」で、セミゲンゴロウ、カミキリムシ、イラガ、オオスズメバチアカバチ、スズメガヤママユガ、コオロギ、トンボ・ヤゴ、クリムシが挙げられている。私も長野県出身の信州人だ。4大珍味は納得するが、第2章のカミキリムシ以外には驚いた。こんなものを食べていたのか。第3章が「信州でもあまり食べない世界の昆虫食」となっていて、カメムシ、カブトムシ、クワガタムシ、イモムシ、アリ・シロアリが取り上げられている。
 ハチ(主にアシナガバチ)、イナゴ、カイコについては普通に食べていた。ザザムシは信州の一部、天竜川の上流、伊那市近郊で食べられているというのが真実だ。私も20年ほど前、友人に料理屋で御馳走されるまで食べたことがなかった。あまり気持ちの良い食べ物ではなかった。
 巻頭言で太田副知事が『ジャングル大帝』を引用している。ジャングル大帝のレオが、獣たちが互いに食い合いをするのを憂い、肉食をやめて植物を食べて生きようと呼びかけるが、草ではお腹がすくし、力が出ない。そこへイナゴが発生したので、それからは動物性タンパク質をイナゴから摂取しジャングルは平和になった。「アニメではバッタだったかもしれないが、私はふつうにイナゴと理解した」と太田は書く。
 パール・バックの『大地』にもイナゴが大発生するシーンがあるらしいが、ジャングルというかたぶんサバンナで大発生するのも、中国で大発生するのもイナゴではなく、Locustサバクトビバッタに違いない。日本での近縁種はトノサマバッタになる。イナゴはバッタと異なり異常な大発生をすることはない。
 さて、カミキリムシだ。これは成虫ではなく幼虫を食べる。田舎ではゴトウムシと呼んだ。昔、風呂やかまどで薪を燃したが、幼虫はその薪の中に入っていて、薪割りをすると見つかるのだ。それを火であぶると柔らかかった体がぴんとまっすぐに伸びて、食べると「心地よいパリパリした食感の後に、なんとも上品な甘さが口いっぱいに広がる。くせになる食感と食味のコラボレーション……」と著者も書いている。このカミキリムシの幼虫なら今でも食べたい。たくさんの薪の中からやっと2、3匹見つかるくらいだから、とても商品になるようなものではない。食べた経験がある人も極めて少ないだろう。でも本当においしいのだ。ローマの貴族も食べていたと何かで読んだことがあるくらいだ。
 セミを食べる項目で、青森県出身の昆虫学者の体験に触れられていなかったのが惜しまれる。その学者は子どもの時からセミの成虫を食べていて、セミの種類によって味が違うとまで書いていた。『ミツバチの世界』(岩波新書)を書いた坂上昭一だったのではないか。しかしWikipediaによると坂上は千葉県出身となっている。では誰だろう。
 装幀は出版社から想像できるとおり野暮ったいものだった。


信州人 虫を食べる

信州人 虫を食べる