林忠彦『文士の時代』が興味深い

 林忠彦『文士の時代』(朝日文庫)が興味深い。戦後の昭和の作家120人ほどを取り上げている。林忠彦は著名人を多く撮っている写真家で、本書も作家の肖像写真を掲載し、ほとんどの作家について、1ページ分の短い文章が書かれている。ちょっと短すぎる印象だが、ときどき驚くようなエピソードを紹介している。写真は作家その人をよく表しているように見える1枚を掲げているが、ほとんどの作家を生で見たことがないので本当にそうなのかは私には分からない。120人のうち、キャプションなしで名前が分かったのは20人以下だった。
 武者小路実篤は色紙を描くのをノルマにしていて、1日に数十枚描いたという。

 僕は "股旅の忠さん" といわれるほど、よく旅行しますが、旅館へ泊まると、10軒のうち5軒は、きっと武者小路さんの色紙がかかっています。これだけ日本中の旅館や食堂に武者小路先生の絵があるっていうことは、ちょうど東郷青児の絵が包み紙になったり、複製されて全国に散らばっているようなもので、武者小路先生の絵も直筆だか何だかわからないぐらい全国に散らばっている。

 そういえば武者小路の小説も東郷青児の絵も、麩(ふ)に似ている。味も食べ応えもほとんどない。多少は腹の足しになるけれど。

 この野上弥生子の写真を見て、男だと思ってしまった。いつもこの作家の名前が出てこなくて、ある時テキ屋の符丁で上野のことをひっくり返して「野上」と言うことに気づいて、野上弥生子の名前を思い出そうとするときは、テキ屋−上野−野上ー野上弥生子と思い出すようになった。
 宮本百合子について、「本当に、ボチャっとした、色白の博多人形のような童女をそのまま大きくした感じで、外からうかがう風貌には、そんな激しさは全然見えませんでした」と書かれている。「そんな激しさ」とは、アメリカで同級生と恋愛して、親の反対を押しきって結婚したが、性格が合わなくて離婚し、共産党宮本顕治と結婚して、投獄された夫君と敗戦後解放されるまで10数年間も会わないでいて、夫婦の絆だけはちゃんと守っていたことを言っている。
 書かれていないが、その他宮本百合子ロシア文学者の湯浅芳子とレズの関係にあって、一緒にソ連にも行っている。顕治を好きになった百合子が逃げられないように湯浅が履き物を隠したが、百合子は裸足で逃げ出して顕治のもとに走ったという。そのことは瀬戸内寂聴孤高の人』で知った。
 三島由紀夫について、顔が名声についていかなかったと言っている。

 50すぎてひとかどの人物であれば、下町の職人であろうと、だれであろうと、一流といわれるほどの人は絶対にどこかいい顔をしている。箔がつくというのか、顔に年輪がつくといいますか、その人の個性や偉さというものが皮膚にあらわれてくるものです。そこをぎゅっとつかめば、本当にいい写真になる。ところが、実に不思議なことに、三島由紀夫さんだけは、この「顔のきまり」があてはまらなかった。僕が撮ったなかで一番むずかしい顔の持ち主だったと思います。名声に顔がついていかなかったといえばいいのか。

 高見順については、「たえず眉毛の間にしわを寄せて、顔色は青白く蒼白に近い。着流しスタイルで、かんしゃく持ちで極度の神経質。おそろしいほど繊細な感性」と書かれている。そして、一緒に福井へ行ったとき、宿で色紙を頼まれた。宿の主人が30枚くらい持ってきた。

高見さんは硯を持ってきて自分で一生懸命すっていました。1枚、2枚はまあまあのご機嫌で書いていましたが、だんだん人相が変わってきたんです。眉毛のあいだがピリッピリッとしてきて、あっ、これは始まるなと思って、僕は机のそばからパッと離れましたね。5枚ぐらいになったとき、ブルブル手が震えだして、ついに一抱えもある色紙を両手にもって、いきなりバアッと部屋中にまいた。「バカものッ」って大声で怒鳴ったんです。

 作家の略年譜も付されている。この本は図書館で借りたけれど、資料価値も高いので、ちゃんと自分で買おう。



文士の時代 (朝日文庫)

文士の時代 (朝日文庫)