嵐山光三郎『文人暴食』(新潮文庫)を読む。これは『文人悪食』(新潮文庫)の続編だ。『〜悪食』『〜暴食』とも、それぞれ37人の作家を取り上げて、食べ物についての記述を中心に、実は作家の小伝を書いている。それがきわめて興味深くおもしろい。
本書『文人暴食』では、小泉八雲、坪内逍遙、二葉亭四迷とつづられ、ついで伊藤左千夫が語られる。伊藤左千夫は『野菊の墓』の作者だし、正岡子規の門弟として、有名な「牛飼」の歌を詠んでいる。
牛飼が歌よむ時に世のなかの新しき歌大いにおこる
秀才で病弱で理論家の子規からみれば、牛乳屋の左千夫はまったく別世界の異物だった。教養は低く、ガツガツと食い、醜く太って、そのくせ妙に人間くさい歌を詠む。門人に左千夫がいることは、他の弟子たちへの刺激剤となった。
左千夫が無教養であることを嵐山は繰り返し指摘する。
純粋で一本気で自分勝手な性格は、よく解釈すれば芸術家肌ということになるが、なにぶん他人を威圧する体格であり、きめつけるように話す。独学で『万葉集』を読み解釈書を出すものの、ひとりよがりの講釈が多すぎる。きちんと勉強している若手からみると、ごく基本的な教養に欠けて、鼻じろむこともたびたびだ。
左千夫の「教養は低く、醜く太って」という評価とロマンチックな『野菊の墓』がなかなか結びつかない。
「南方熊楠は裸暮らしで、6月から9月半ばまでは一糸まとわぬスッポンポンになった。丸裸のまま一物をブラブラさせて歩くから、新しくきた女中は悲鳴をあげて実家へ帰ってしまった」。ところが熊楠は天才なのだった。昭和天皇が摂政のとき、粘菌(変形菌)について進講をしているくらいだ。まさか裸ではなかったが。その時の奇矯なエピソードは前に紹介したことがある。
・南方熊楠が天皇に猥談をご進講する(2007年1月11日)
武者小路実篤が「豆腐とおからの違いがわからなかった」というのには驚いた。華族の家系で、新しき村なんぞという脳天気な共同生活社会を作ったり、生涯700冊の本を書いたりしたそうだが、およそ興味の湧かない作家だった。
獅子文六『バナナ』の末尾を引用して、「これが小説の結びだ。会話が巧みである。題材が新しく、一作ごとに奇抜な趣向があり、文明批評の目が鋭い。そのため、時代の人気者にはなったが、文学史には名が残らなかった。流行作家の宿命である」と書かれた。現代の作家だと誰だろう。
吉田一穂の短歌と俳句を紹介している。
一穂の短歌に、
血痰を口にふくみて枕辺の原稿用紙などさぐる夜半かな
があり、これはなかなか凄味がある。
私が好きな一穂の句をひとつあげておく。
木 枯 し や 妻 子 の 留 守 の 残 り 酒
草野心平について、
心平の食欲はかなりの年季が入っている。鬼怒川で岩魚釣りをしているとき、餌の川虫をさがそうとして石をぐらつかせると、石の下に薬指ほどの長さの山椒魚がいて、手の上にのっけてから、ふいに口の中に放りこんでしまった。「喉仏のところをよじれるように降りてゆくその感触を、私はまだ覚えている」(「山椒魚を食べた話」)。
山椒魚を食べた話といえば、建築家の藤森照信も新聞に子どもの頃の体験を書いていた。
・サンショウウオを食べる(2007年2月20日)
いや、さすがに私も山椒魚はたべたことがなかったが。
本書も、『文人暴食』もとてもおもしろかった。『追悼の達人』も良かったが、『文人悪妻』は資料が少ないらしく、ほかの文人シリーズに比べるとちょっと劣った。
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