埴谷雄高『酒と戦後派』を読む

 埴谷雄高『酒と戦後派』(講談社文芸文庫)を読む。副題を「人物随想集」といい、主として仲間の文学者たちについて折々に書かれたエッセイを『埴谷雄高全集』から本書のために編集したもの。400ページの本文に65篇のエッセイが収録されているので、1篇約6ページとなるが、約80人について書いている。見事な交友録ともなっている。ちょっと斜からみた戦後文壇史とも言えるし、また小さな作家論とも言える。結婚する前の石川淳の酒癖が悪かったこととか、若かった頃の寺田透が鬱屈した精神を持っていてバーの入り口横の大きなガラスにぶつかって行ってそれを割ったとか、大成した後の姿しか知らない作家の若いころの行状が遠慮なく描かれている。しかし、全体に通底しているのは埴谷の仲間たちに対する優しい思いやりだ。
 埴谷は88歳まで生きたので、多くの仲間たちを追悼することになった。長生きすると友達が次々に死んでいくのを見送らねばならないのだ。末尾に近く「最後の二週間」という30ページにわたるエッセイが置かれていて、それが親しかった武田泰淳の最後を綴ったものだ。これは本当に優れた追悼文だ。その後にも「武田百合子さんのこと」というこれまた30ページに及ぶ武田百合子の追悼文が収められている。羨ましいような深い交友関係がうかがわれる。とくに「最後の二週間」だけでも本書を読んだ価値があった。
 埴谷は難解な印象が強く、いままでほとんど読むのを避けてきた(昨年『素描 埴谷雄高を語る』を読んだだけだ)。しかし、本書を読んで優れた作家だということがよく分かった。


『素描 埴谷雄高を語る』を読む(2015年5月11日)