片山杜秀『片山杜秀のクラシック大音楽家15講』を読む

 片山杜秀片山杜秀のクラシック大音楽家15講』(河出文庫)を読む。片山は近代政治思想史が専門の慶應義塾大学教授。でありながら吉田秀和賞も受賞した音楽評論家、それも近現代音楽を最も好むと言う異端の評論家だ。特に『ゴジラ』の映画音楽を作曲した伊福部昭が大好きで、片山が中学生の時に伊福部のLPレコードが発売されたのが嬉しくて抱いて寝たほどだという。

 クラシック音楽は好きだったが、人気のある作曲家や演奏家に興味はなく、中学生の時に同級生の母親からカラヤンのチケットがあるから行かないかと誘われたときも、カラヤンには興味がないからと断ったという。長じてヨーロッパに行ったときも機会があっても結局カラヤンは一度も生では聴かなかった。

 その片山が取り上げた音楽家15人というのは、バッハ、モーツァルトベートーヴェンショパンワーグナーマーラートスカニーニフルトヴェングラーカラヤンバーンスタインマリア・カラスカール・リヒターカルロス・クライバーグレン・グールド吉田秀和と、趙大物ばかり。それは、河出書房新社の雑誌『文藝別冊』が西洋クラシック音楽史上の大物を取り上げるたびに、片山に執筆を依頼したためだという。しかし、「そんな偉い人たちのことはなかなか書き原稿ではおそれおおくて」と渋ると、談話でよいからとなった。

 さすが片山だから、単なる有名音楽家の紹介には終わらない。てか、かなり搦め手から攻めることになる。

 片山はショパン田宮二郎のテレビ・ドラマ『白い滑走路』で刷り込まれたと書く。そこにバラード第1番が流れる。ついで宇津井健と水谷豊のテレビ・ドラマ『赤い激流』でショパン英雄ポロネーズが出てくる。そんな話からショパンを語り始める。

 トスカニーニヴェルディのオペラを得意とする指揮者として自らの芸を磨いた。オペラの指揮者は歌手が歌いやすようテンポをはっきりさせてリズムを明確に刻まなければいけない。それは汎用性があって、新即物主義として後世に大きな影響を与えた。日本でも斎藤秀雄から、その弟子の小澤征爾、飯森泰次郎、秋山和慶井上道義尾高忠明と続く。海外でもトスカニーニのスタイルは、シェルヘン、ロスバウト、セル、クレンペラーミトロプーロスベーム、ライナー、ムラヴィンスキーアンチェルトスカニーニの流派だという。

 バーンスタインは本当は自分が作曲したオペラ『静かな場所』で評価されたかった。それをヨーロッパの歌劇場のレパートリーにしてほしかった。

 片山杜秀の音楽評論は、何を書いても素晴らしい。近代政治思想史と音楽評論の二つの分野で高い評価を受けていて、まるで大リーガーの大谷のようだ。