熊野純彦『三島由紀夫』(清水書院)を読む。同社の「人と思想シリーズ」その197巻目。圧倒的な傑作評伝である。熊野は哲学者、マルクス、ヘーゲル、カント、レヴィナスなどについて書いている。さらに最近は本居宣長論も評価が高い。難解な哲学で知られる廣松渉の弟子でもある。その哲学者が三島由紀夫論を書いた! しかしこの評伝は凡百の文芸評論家がもう三島論を書けなくなるかもしれない。
三浦雅士の書評がよかった(毎日新聞、2020年3月29日付)。そこから引用する。
小型本だが、評伝として傑出している。はじめに高橋和巳の三島由紀夫論を引いて、読者を一気に1960年代のただ中に引き込む。当時左右両翼の代表選手だったこの二人は69年に対談もしている。70年、三島は45歳で自刃、71年、高橋は39歳で病死。72年、三島の師ともいうべき川端康成が72歳でガス自殺。まさに時代の転換点だ。ぐいぐい引き込んで離さない筆力のまま、「高橋は時代に殉じて作品とともに消え、三島が時代を超えて生きのこった」と著者は書く。それはなぜか、と。
熊野は三島の著作を丁寧にたどる。細部を読み込む。時代の中に置いて語る。『金閣寺』を執筆する前後から森鴎外の文体の影響が見られる。「影響は文体にとどまらない。文体とは思考の水路であるからだ。鴎外の文体を受け入れた三島由紀夫は、同時にまたそれ以後、ロマン主義と古典主義のあいだを彷徨しつづけることになるだろう」。そのロマン主義とは現実から疎外されているがゆえに憧憬を語ることができ、古典主義とはなによりまず端正な文体の美を意味する。
三島の文体について先に引用した三浦雅士が続けている。
……三島の文体は隅々まで神経が行き届き、鎧のようにさえ思われる。だが、著者は三島の柔肌が現れた瞬間を狙いすましたように掬い上げ、引用する。とりわけ『豊饒の海』大尾を再論した本書結末はほとんど感動的である。「庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしてゐる。……」で終わる一節を引いた後に、著者は「三島由紀夫の生涯でおそらくは最高の美文である」とし、「小説家は、これといって奇功はない、しかしこのうえなく閑雅な一文を最後の作品として、文学者としての生を閉じることを望んだのである」と本書を結んでいる。
私はまだ三島の『豊饒の海』を読んでいない。早速書店へ行ってこよう。