小山俊樹『五・一五事件』を読む

小山俊樹『五・一五事件』(中公新書)を読む。副題が「海軍青年将校たちの「昭和維新」」。保阪正康朝日新聞の書評で紹介している(627日付)。

 

 

 出版界で久しぶりに刊行された五・一五事件の書だが、本書は重要な視点を示している。第一は事件当日から始まり、事件後の後継首班決定のプロセス、事件と軍事指導者の関わりなど一連の動きに新しい見方が提示されている。第二は、事件の全体図を俯瞰することで、決行者たちと軍上層部との一体化が歴然となる中においても、理を通そうとする人たちが存在したことを読者に伝えている。

 

  

 経時的に細部まで書き込まれた本書を私が簡単に要約するのは荷が重い。幸い「あとがき」で著者がまとめてくれている。

 

 

 第一に、事件の発生は、大正期以来続く国家改造運動の延長線上にある。巷間で事件の原因と言われている、犬養首相個人の言動(満州国不承認、陸軍・森格との対立や軍部批判演説など)は直接の要因ではない。

 

 

 第二に、政党政治の中断には、元老西園寺に影響力を行使した昭和天皇の意向が大きい。従来謎とされた西園寺の「変心」は、天皇の存在を抜きにしては考えられない。

 

 

 第三に、減刑嘆願運動の高揚には、政治介入を強める陸軍の思惑や、格差に憤る国民の反「特権階級」感情があった。その一方で海軍将校の減刑には、海軍部内の権力関係が強く影響していた。最後に、昭和維新を求めた人々の、戦中戦後における合縁奇縁を描いた。

 

 

 

 犬養首相が暗殺されたのに、海軍の軍法会議では首謀者とされた古賀清志と三上卓が禁錮15年にとどまったこと、それも恩赦によって短縮された。民間の裁判では橘孝三郎無期懲役になったのに。

 二・二六事件と異なり、五・一五事件は普及書も少なく、あまり詳しく知ることがなかった。本書は小冊子と言えど正にこの事件に関する包括的な解説書と言える。優れた歴史書が書かれたことを喜びたい。