単純作業は女性に向いているのか?

 渡辺淳一が単純作業は女性に向いていると言っている。渡辺淳一『わたしの女神たち』(集英社文庫)から、

 もう大分前ですが、ある時テレビを見ていると、将棋の升田九段が出てきて、「女はだめだ。女はものを創り出す創造力がない」というようなことを言っていました。
 たしかにその通りで(もちろん例外はありますが一般的に)「新手一生」を念願とする升田九段らしい意見でした。男が女に優越感を抱くのは、恐らくこういう理由からで、「学者はもちろん、料理でもお茶でも、本当の一流は男だ」という傲った台詞が出てくるのも多分こうした理由からです。
 でもこの世の中は、創造力や思考力だけで成立しているわけではありません。たしかに、それは世の中を進めていくうえに重要な能力で、リーダーシップをとることは多いのですが、それだけあれば人間の社会が進歩していくともいえません。
 建物には礎石があるように、人間社会にも進歩を支える縁の下的な力も必要です。
 男性は、自分達の独創性などを自慢しあったあとで、「女たちはよく、あんな単純な作業を平気でできるよ」と軽蔑的な言辞を弄します。
 この単純作業というのは、たとえば、ベルトコンベヤーで流れてくる製品にラベルをはるだけの仕事とか、伝票の整理とか、編み物とかを指しています。家事の労働もこれに入るかもしれません。
 こういう仕事を好むか否かは別として、この種の単純作業を、女性の方が男性より根気よく飽きずに続けることは確かに事実かもしれません。男なら2、3時間もすると投げ出すか休むのに、女は延々と続けます。
 でもこうした単純作業を飽きずに出来るということは、とりもなおさず女性の才能に違いありません。これはまさしく男にない能力です。

 とんでもない偏見だ。私は若いころ日産自動車座間工場でプレス工を1年間やっていた。それはまさにチャップリンの『モダンタイムス』の世界で、ベルトコンベアーで流れてくる自動車のフェンダーを1日に3,000個プレスするのだった。当時の日産自動車の工場は、1日2交代勤務で、1回の勤務が10時間だった。定時は8時間なのだが、残業が自動的に2時間組み込まれている。特別用事がある場合にのみ事前に上司に申告することになっていた。申告しない限り10時間勤務することになる。その間少しの休憩があるほかは、延々とプレス作業をし続ける。作業はベルトコンベアーで流れてくる大きなフェンダーを一発でプレスの機械に投げ込まなければならない。ちゃんとプレス機に収まらない場合は修正するが、そのために余分な時間がかかる。すると、次々に流れてくる製品が流れずに滞ってしまい、ベルトコンベアーの下流の仲間に迷惑をかけることになる。だからプレス機に正確にリズミカルにきちんと投げ入れる。それを10時間に3,000回行わなければならない。工員はすべて若い男だった。「単純作業を飽きずに出来る」のは女性だけで男性には向いていないというのは、渡辺の偏見にすぎない。男も女も仕方なくやっているのだ。

わたしの女神たち (集英社文庫)

わたしの女神たち (集英社文庫)