森巣博『賭けるゆえに我あり』を読む

 森巣博『賭けるゆえに我あり』(徳間書店)を読む。これが無茶苦茶おもしろかった。著者はプロの賭博士で海外のカシノで巨額の現金を賭け、その上がりで生活している。もう何十年もそんな生活をしているという。きわめて特殊な体験を積んでいて、その豊富で異常な体験から驚くようなエピソードを拾い上げて紹介している。その記述がとてもうまい。
 2006年にニューヨークのケネディ空港で藤圭子が4900万円を所持していたのを発見され、全額を差し押さえられた事件があった。麻薬探知犬が現金に反応したのだという。藤圭子は違法な金ではないと主張しているという。この件に関して、著者は麻薬探知犬が反応したことに、それは流通している100ドル札の90%以上に微量なコカインのトレース(痕跡)が認められるからだという。コカインをやるときは、紙幣を丸めてストロー状のものを作り吸引する。だから痕跡が残っている。空港に大量の現金を持っていくと面倒なことになる。どうしても大量に現金を持ち歩かなきゃならないなら50ドル紙幣にしな。コカインは金持ちたちのドラッグだ。彼らは50ドル札なんかで吸引しないからと取調官に言われたことがあったと。
 さらに本来カシノでは本人とカシノの銀行取引で決済する。藤圭子が大量の現金を持ち込まなければならなかったとすれば、それは藤圭子がクレジットを使えない状態になっていたからだろうと推測する。鋭い推測だ。
 次に一手の勝負に大口の賭金を張る賭人たちのことをカシノでは「ハイローラー」と呼ぶ。さらに大口な打ち手は「鯨(ホエール)」と呼ばれる。著者の知る限り日本人の鯨は2頭いた。1頭は消費者金融で財をなしたTであり、もう1頭はカシワギという。カシワギは河口湖周辺の土地開発、不動産業などで成り上がった男だという。消費者金融のTは武富士の会長だろうか。
 1990年、カシワギはオーストラリアのダイヤモンドビーチのカシノでの3泊4日の勝負で23億円を稼いだ。一手2400万円の勝負で17連勝したこともあったらしい。その後、アトランティック・シティの6日間に及ぶバカラ勝負で12億円の敗北。さらに2年後、ヤバイ筋の金を借りたようで、富士山麓にある自宅のバカラ御殿の居間で「全身20数か所を刺され、えぐられ、ちょん切られた惨殺死体となって発見された」。この無惨な死は世界中に公示された。みせしめのための殺人だという。犯人は挙げられなかった。
 ここまでがたったの16ページ。このあと驚くべきエピソードが羅列される。
 著者は豪語する。「博打で負ける奴は、バカなのである!」 そして博打の極意を「勝ち逃げだけだ」と言う。著者のきびしい言葉。

 博打は、負けた時に、その打ち手の真価が発揮される。
 受身を学ぶ。しっかりと、学ぶ。この部分がいい加減だと、地獄を見る。
 女房を売る。娘・息子を売る。自宅はおろか、親の家まで売る。街金や闇金の金に手を出す。会社の金に手をつける。シャブの取引に手を染める。やくざの鉄砲玉となる。
 そしてここは重要だ。
 博打に負け、堕ちていく自分に、快感を感じてしまう。堕ちながら見る地獄って、結構楽しいものなのである。わたしはそれを何回か体験した。体験した者の証言である。信じなさい。

 本書は2009年の発行だ。だから大王製紙の社長のエピソードは紹介されていない。でも狛江市長だった石井三雄のことは結構詳しく語られている。石井は2年間で歌舞伎町のバカラで150億円も負けてしまったのだという。狛江市長を辞任する記者会見をした直後に失踪した。
 プロの博打打ちでプロの物書きが書いた裏事情はまったく想像を絶するものだ。読みはじめて夢中で一気に読んでしまった。面白いこと請け合います。


賭けるゆえに我あり(森巣博ギャンブル叢書2)

賭けるゆえに我あり(森巣博ギャンブル叢書2)