先崎学『摩訶不思議な棋士の脳』を読む

 先崎学『摩訶不思議な棋士の脳』(日本将棋連盟)を読む。将棋の先崎9段の『週刊文春』の連載エッセイをまとめたもの。先崎は文章が上手くわずか3ページずつの短いエッセイながらちゃんと読ませるから大したものだ。
 とは言え、短いので傑作といえるのはそんなにはない。詰将棋解答選手権に参加したエピソードが書かれている。意外にも先崎は得意ではないという。4問ある問題を90分の制限時間で解くのだが、先崎は30分でやっと1問解けただけで退散した。しかし4問中2問正解した者もほとんどいなかった。3問目と4問目は正解者ゼロだったという。この2問の問題を通ったのは英文学者の若島正だという。ナボコフの『ロリータ』の訳者でもある。
 西原理恵子と初めて会ったのは先崎が20歳の時だった。麻雀大会の席で手持ち無沙汰にしていると、西原が近づいてきて、仙崎の服の匂いを嗅いで「臭い」と言った。そして、「お主、いくつじゃ」と訊いた。20歳と答えると、「臭い、青臭いのお、お主、女を知っているか」、仙崎は一応知っていますと答えた。その日の2次会で、男女共用のトイレで会ったとき、「お前、何人女を知っている」と言った。先崎が正直に答えると、」西原はにやりと笑い「ふふふ、勝った」と言った。
 ついで団鬼六が亡くなったあと、未亡人と話したことが語られる。団鬼六はSM趣味の人ではなかった。純文学を志していたのだが、片手間に書いたSM小説が当たってしまったのでその方面を書き続けたようだ。
 さて詰将棋に関して、高橋和『やさしい詰みの形』(日本将棋連盟)と、浦野真彦詰将棋ハンドブックシリーズお勧めだとある。
 先崎学といえば、わたしにとって何と言っても『小博打のススメ』(新潮新書)だ。内容は、麻雀、それに3人でやる麻雀サンマ。サイコロを使う博打は、ちんちろりん、たぬき、きつね、ちょぼいち。トランプを使うポーカー、オール。花札を使うおいちょかぶ。博打の最高傑作という手本引き、この手本引きが現在裏社会ですら行われなくなったのは、裏社会中の裏社会、つまり「その筋のヒト」御用達のゲームだったからだという。カジノではブラックジャック、ルーレット、大小、バカラ。最後が将棋。これだけの博打=ゲームについて詳しく遊び方を解説している。しかも最もヤバイ「手本引き」をしている時に警察に踏み込まれたときの対処法まで紹介している。
 先崎学は12歳で麻雀を覚えたという。13歳で雀荘にデビューし、それからはお決りの麻雀ザルで連日連夜麻雀を打った。気っ風のよいオバチャンの店で「ビール」というと、「アンタ、高校生でしょ、駄目よ」というオバチャンに私は正直にいった。「いや、実は中学生なんです」。オバチャンはポカーンとして、黙って私にビールをついだ。「もう知らない。アンタ勝手にやりなさいよ」
 若島正の『ロリータ』は名訳だと評判だった。最初に訳したのは大久保房雄で、翻訳が出版されたとき、丸谷才一が書評で訳がひどいとけなした。しばらくして大久保から手紙が来て、あれは私ではありませんとあった。当時大久保は翻訳集団を抱えていて、英米文学の翻訳を彼らに発注した。それを大久保の名前で出版していたのだった。道理でその頃大久保房雄訳の小説があふれていた。
 戦前の大衆出版社を戦後の一流出版社に変えた講談社の名編集者大久保房雄はまた別の人物。

 

摩訶不思議な棋士の脳

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  • 作者:先崎 学
  • 発売日: 2015/10/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

こども向け将棋教室 やさしい詰みの形

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  • 作者:高橋 和
  • 発売日: 2012/01/17
  • メディア: 単行本
 

 

 

小博打のススメ (新潮新書)

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