藤田伸二『騎手の一分』(講談社現代新書)を読む。タイトルは藤沢周平の時代小説を翻案した映画『武士の一分』から採っているのだろう。副題が「競馬界の真実」。競馬は知らない世界だが、著者はJRA(日本中央競馬会)の花形騎手らしい。歴代8位の通算1,829勝という成績を誇っている。騎乗回数も14,000回を超えている。さらに重賞レース93勝で、これまた歴代8位という成績。G1も17勝している。その現役騎手が「さらば競馬界」という過激な本を書いたのだ。
ヤンチャなキャラで通っているというが、危ない乗り方をしている後輩はきっちり叱っている。また騎手を大事にしないJRAをはっきり批判している厳しい書でもあるが、騎手としてのレースの攻め方やコースによる展開など、馬券を買うファンにとっても役に立つと思われるノウハウも紹介されている。
同僚の騎手についてのエピソードもおもしろい。安藤勝己騎手について、緊張しない人で、レース直前にこのレース何メートルだっけ? とか、このレース内回りと外回りのどっち? なんて聞いてくるほど、常にリラックスしている。武豊騎手は「歩く教科書」、「上手」というよりは「ソツのない、無難な乗り方をしている」。明らかなミスが少ないという。岩田康誠騎手の乗り方は不格好だし、馬の背中を痛めてしまう乗り方だ。福永祐一騎手はおそらく体が硬いから、馬と体の間にムダな隙間が生じてバランスが悪くなっている。それで勝っているのは、強い馬に乗せてもらっているからだ。
第4章は「なぜ武豊は勝てなくなったのか」という大胆な見出しがついている。ここには詳しく書かれているが、「悪いのは、こんな問題の多いエージェント制度を野放しにしているJRAだ」と結論づけている。安易に外国人騎手を多用していることも問題だという。
終章では「最後に伝えておきたいこと」と題して、改善のための具体的な提言が書かれている。茶髪にしたり、タトゥーをいれたり、生意気な発言が目立ったりという藤田伸二騎手が、真剣に競馬界の行く末を憂い、前向きの意見を言っていることがよく分かる。こういう人を大事にしなければいけないんだよね。
全然知らない世界だったが、大変楽しめた。プロ棋士の先崎学が書いた『小博打のススメ』(新潮新書)も面白かったが、勝負の世界に生きている人達の本音はハンパないと思う。
・先崎学『小博打のススメ』はすごい(2007年7月2日)
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