西部忠『貨幣という謎』という優れた書

 西部忠『貨幣という謎』(NHK出版新書)を読む。副題が「金(きん)と日銀券とビットコイン」というもの。優れた貨幣論だ。
 毎日新聞の書評で松原隆一郎が紹介していた(2014年6月29日)。

(前略)貨幣とはみながそれを貨幣だと思うから貨幣なのだという貨幣論は、岩井克人氏が先鞭をつけたものである。王様は、子どもが「王様は裸だ」と叫ぶまでは裸ではないことになっていた。著者の工夫は、それを疑いを差し挟む可能性のある「予想の自己実現」と、今日の世界は明日も続くと信じる「慣習の自己実現」に分解したところにある。慣習と疑いの大小により、貨幣は求められたり捨てられたりする。これはちょうどケインズが『一般理論』で株式投機にかんして論じてみせたことでもある。
 ではバブルの生成や崩壊といった不安定性を制御するには、どうすればよいのか。著者はハイエクの「貨幣の脱国営化論」すなわち民間銀行の競争的な貨幣発行により、貨幣の質を高めることに注目する。この見方からすれば、日銀がインフレを目指すというのは円の質を劣化させることだから、一時的には好景気を招き寄せても長期的には経済を不安定化させるだろう。(後略)

 西部はバブルについて、過去に様々なバブルが発生し崩壊していった歴史を詳細に紹介する。ニュートンケインズもフィッシャーも相場で大きな失敗をしている。西部は世界的な投資家ジョージ・ソロスの理論を援用してバブルの仕組みとその伝染性を解説する。
 また西部は政府発行の通貨のほかに、民間銀行の信用通貨、企業通貨、電子マネー、コミュニティ通貨、ビットコインなどの通貨の多様性が貨幣の未来ではないかという。このうち「コミュニティ通貨」とは一定の地域やコミュニティの内部で流通する、法定通貨へ兌換できない、また利子がつかない通貨だ。
 貨幣論としてきわめて刺激的で説得力のある主張だと思う。前著である『資本主義はどこへ向かうのか−−内部化する市場と自由投資主義』(NHKブックス)も読みたくなった。