アフリカ文学『やし酒飲み』を読む

 アフリカのナイジェリア出身作家エイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』(岩波文庫)を読む。文庫本の表紙の惹句に「アフリカ文学の最高傑作」とある。チュツオーラはナイジェリア出身の作家だ。いままでアフリカ人の書いた本はハムザ・エルディーンの『ナイルの流れのように』(ちくまプリマーブックス)を読んだことがあるきりだ。エルディーンはスーダン生まれでアラブ伝統楽器ウードの演奏家、この本は彼の自伝だった。それに対して本書『やし酒飲み』は小説なのだ。とても変な物語。神話や民話が近代小説の顔をしたところに深く入り込んでいる。主人公は精霊の助けを借り、変身し、魔術を使い、冒険をして、求める死者のやし酒作りに会いに行く。
 読んでいて、ピカソがアフリカ彫刻に出会ったときの衝撃が想像された。日本の小説も近代ヨーロッパの制度を大幅に取り入れている。近代絵画に革命を起こした印象派が、そうでありながら西洋美術の伝統から大きくは外れていなかったように。アフリカ文学であるチュツオーラの小説も西洋文化の伝統から少なくない影響を受けているのだが、日本文学と西洋文学の距離よりももっと大きく距離を取っている。こんな書き方があったのかと驚きかつ教えられた。
 チュツオーラは英語で書いているが、その文体について解説で、ヨルバ語に堪能なオグンディペの説明を引用している。オグンディペによれば、

「チュツオーラの言語は、チュツオーラが、官庁用語とか新聞用語といった言語の断片に、陶冶・彫琢を加えて出来上がったものを自由に駆使して、ヨルバ語の文を、英語の単語に一つ一つ移し替えながら、標準文法の型を破った独創的な英語構文に仕立てあげた、彼独自の創造物である」

「チュツオーラは、ひたむきに、しかも大胆に、(おそらく無心に)ヨルバ語の代替物件として適正な英語の単語を探りあてながら、ヨルバ語の言語構造と文語的慣例を彼独創の英語散文の中に組み入れて行ったのだ。つまり、彼は、本質的には、英語の単語を使いながら、実はヨルバ語を語っていることになるのだ」

 西洋小説の規範からはずいぶん外れた作品だが、現代小説の概念をここまで大きく広げて考えれば、それは文学に豊かな実りをもたらすものにほかならない。ある意味痩せた文学であったヌーヴォー・ロマンの、しかし現代文学にもたらした大きな成果のように。


やし酒飲み (岩波文庫)

やし酒飲み (岩波文庫)