日本の新しいSF「虐殺器官」への評価

 ハヤカワ文庫から2月に発行された伊藤計劃虐殺器官」が6月でもう11刷を重ねている。本書が単行本で発行されたのが2007年、これが伊藤計劃の処女長篇であり、しかし作家はその後長篇を2篇残して2009年に35歳で亡くなってしまう。巻末の大森望の「解説」から引けば、
 この作品の初稿は角川春樹事務所が主催する2006年の小松左京賞の候補になったが、この賞のただ一人の選考委員である小松左京はこれを採用せず、この年「該当作なし」と判定されて落選する。
 しかし早川書房SFマガジン編集長などが高く評価し、改稿の結果早川書房から単行本として刊行される。「虐殺器官」は山岸真が「まぎれもなく世界水準の傑作である」と評し、「ベストSF2007」国内篇の第1位を獲得、日本SF大賞星雲賞の候補にもなった。その他「ゼロ年代ベストSF」国内篇のベストワンに選ばれている。
 きわめて高い評価だ。
 しかしながら、私はこれらの評価に組みすることができない。読み始めてすぐつまらない作品だと思い、その印象は最後まで変わらなかった。未来の武器や戦闘装備、乗り物など細部までよくできている。しかし読みながら、ヨーロッパに留学している日本人ピアニストなどが、しばしば技術は高いのに音楽がないと評されているとの批判を思い出していた。読み始めてすぐに何が不満だったのか。それは思想がないからだ。
 父さん、と娘が言う。エンターテインメントに何を求めているの? 毎日ストレスにさらされている読者がSFに求めるのはわくわくするような面白さで、思想とかそんな難しいものじゃないんだよ。
 それは分かる。思想と言っても難しいことを求めているのじゃない。この作品は単なるストーリーの面白さしか書かれていない。SFとは言え、やはり荒唐無稽なお話ではなくて、その底にある何らかのリアリティがほしいのだ。そう言う意味でこの作品には細部の詰めが甘いのだ。それは作者の若さが、深い人生経験を経てきていないからだろう。書いてある内容が背伸びしすぎているんだ。
 そんなことを言うのは父さんだけだよ。いや、父さんだけじゃない。大人はそう思うだろう。圧倒的多数の読者が支持するのは何も不思議なことではないこともよく分かるのだが。
 そういう訳で、私はこの作品に高い評価を与えることができないのだ。「世界水準」というのはもっともっと高いと思う。そんな言葉が出るのは評価のバーが低いのだ。


虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)