筒井清忠 編『昭和史講義 戦後文化篇(上)』を読む

 筒井清忠 編『昭和史講義 戦後文化篇(上)』(ちくま新書)を読む。19のテーマについて各専門家がそれぞれ20ページほどを当てて解説している。この上巻は思想や文学などを取り上げ、下巻は主に映画を取り上げている。コンパクトにまとめられて大項目主義の事典のようだ。

 「丸山眞男橋川文三」の項で、筒井清忠は、「橋川は、戦後この分野で決定的に重要であった丸山眞男の昭和超国家主義研究の成果を根底からひっくり返したのである」と書く。おお! すごいじゃん。

 藤井淑禎による「戦後のベストセラー」の項の分析も興味深かった。単なる当時の売れ行きの統計を見るのではなく、「好きな著書と好きな著者」などのランキング表なども見て、常に上位にある作品を『宮本武蔵』と『風と共に去りぬ』だと結論づける。

 取り上げられている文学者(作家)は、獅子文六石坂洋次郎石原慎太郎林房雄三島由紀夫松本清張水上勉五味康祐柴田錬三郎有吉佐和子小林秀雄大宅壮一岡本太郎など。文学者の業績から選んでいるのではなく、社会的な影響(話題)から選んでいるようだ。

 これらのうち、三浦雅士の執筆した「石坂洋次郎――マルクス主義民俗学の対立を生きる」は圧巻だった。他とは群を抜いている。三浦は書く。「マルクス主義民俗学を対立軸として捉え、その間に自身の文学創作の場を設定した石坂の慧眼に、私は心底、驚嘆する。この図式は日本を超えているからである」。

 石坂洋次郎に関して、「さらに詳しく知るための参考文献」で三浦が挙げているのがモーリス・ブロックの『マルクス主義と人類学』だ。

 

モーリス・ブロック『マルクス主義と人類学』(山内昶・山内彰訳、法政大学出版局、1996)……「ロンドン・スクール・オヴ・エコノミクス」の人類学者ブロックはマルクス主義者だが、祖母がデュルケームの姪で、したがってマルセル・モースが従兄にあたるが、出自は争えないというべきか、その『マルクス主義と人類学』は、小著にもかかわらず、マルクス主義民俗学の対立図式を理解するのにたいへん役に立つ。ヘロドトス司馬遷を思えば歴史学民族学も人類学も根は一つなのだが、近代に入って歴史が科学へ、進化論へと引き寄せられるにつれ、人類学はその出自と言っていい民俗学すなわち解釈学(数直線的歴史の否定)へと引き寄せられてゆく。というよりそれが人間という現象の特徴なのだ。解釈に最終的な正解(永遠の心理)はない。必要なのは役に立つ暫定的な(運動としての)解だけなのだ。ブロックは、マルクス主義はこの問題を「アジア的生産様式」問題(エマニュエル・トッドの歴史人口学すなわち家族史問題の本来の場所)として抱え込み、20世紀を通してそれに悩まされ続けた、という事実を浮き彫りにしている。立場は違うが、問題の所在を的確に指摘している。

 

 三浦の石坂洋次郎紹介は見事だが、それと真逆でひどいのが、新保祐司小林秀雄だった。岡本太郎は佐々木秀憲が書いているが、佐々木は元岡本太郎美術庵の学芸担当係長だったので、岡本太郎の社会的側面などは詳しく書いているが、太郎の芸術的評価には触れていない。人気と芸術的達成がこんなに懸け離れていることに。

 最後に山本昭宏が全共闘についてコンパクトにまとめている。

 下巻を読むのが楽しみだ。