死臭について

 高見順の詩「三階の部屋」を引く。

 

  三階の部屋

 

 

窓のそばの大木の枝に

カラスがいっぱい集まってきた

があがあと口々に喚(わめ)き立てる

あっち行けとおれは手を振って追い立てたが

真黒な鳥どもはびくともしない

不吉な鳥どもはふえる一方だ

おれの部屋は二階だった

カラスどもは一斉に三階の窓をのぞいている

 

何事かがはじまろうとしている

カラスどもは鋭いクチバシを三階の部屋に向けている

それは従軍カメラマンの部屋だった

前線からその朝くたくたになって帰って

ぐっすり寝こんでいるはずだった

戦争中のラングーンのことだ

どうかしたのだろうか

おれは三階へ行ってみた

 

カメラマンはベッドで死んでいたのだ

死と同時に集まってきたのは

枝に鈴なりのカラスだけではなかった

アリもまたえんえんたる列を作って

地面から壁をのぼり三階の窓から部屋に忍びこみ

床からベッドに匍いあがり

死んだカメラマンの眼をめがけて

アリの大群が殺到していた

 

おれは悲鳴をあげて逃げ出した

そんなように逃げ出せない死におれはいま直面している

さいわいここはおれが死んでも

おれの眼玉をアリに襲われることはない

いやなカラスも集まってはこない

しかし死はこの場合も

終りではなく はじまりなのだ

なにかがはじまるのである

 

 飼っていた猫が3年の間に次々に亡くなった。18歳と19歳だった。どちらの猫も最後はほとんど寝たきりで、消えるように息を引きとった。亡くなる2、3日前頃から変わった臭いがしていた。尻を嗅いだが尻から出ている臭いではなかった。しかし、息を引きとると同時にその臭いが消えた。

 カミさんが子供のころ、道端に弱って寝ている子猫がいた。助けようと近づいたら父が放っておきなさい、死臭がしているからもう助からないと止めた。父の話では、戦争中、行進していて隊列から離れ、もう死が間近になった兵隊の頭上にはカラスが集まってきたという。動物は死臭を嗅いで集まってくるのだ、と。

 高見順の詩も、うちの猫たちの最後の臭いも死臭だったのだろう。不思議な臭いだった。何か有機的な生き物から出ている臭いだった。息を引きとると同時に消えたことも印象的だった。