古井由吉『半自叙伝』を読む

 2月18日に古い由吉が亡くなった。82歳だった。それを機として、毎日新聞(3月29日)と朝日新聞(4月11日)の書評欄に古井についての追悼文が載った。
 毎日新聞富岡幸一郎が書く。

 現代日本文学で「小説」というジャンルをこれほど深く広い領域にまで展開させた作家は他にいなかった。後の世にこの作家の名は、ノーベル文学賞を受賞した川端康成大江健三郎、あるいは漱石荷風、谷崎や三島と並ぶだけではなく、『源氏物語』以来の、この国の千年の文学史のなかに正確に位置づけられるべきだとわたしは思う。この先、日本語が亡びることがなければ、古井文学の光輝は文学史そのものを書きかえるだろう。

 そして富岡が書いているのが「この3冊」というコラムなので、古井の作品を3冊挙げている。

 

・『仮往生伝試文』(講談社文芸文庫/2200円)

・『楽天記』(『古井由吉自選作品 七』所収/河出書房新社/3740円)
・『ゆらぐ玉の緒』(新潮社/1870円)

 

 朝日新聞では佐伯一麦が追悼している。古井について、「日本語表現の極致を示し続けた文の人だった」と書く。そしてやはり古井の作品を3冊挙げている。

 

・『杳子・妻隠』(新潮文庫/572円)
・『山躁賦』(講談社文芸文庫/1650円)
・『楽天記』(新潮社/電子書籍版で671円/単行本・文庫は品切れ)


 1971年古井由吉が『杳子』で芥川賞を受賞したとき、私の周りでも大変評判になった。絶賛した友人もいた。私も読んでその巧さに舌を巻いた。そして『円陣を組む女たち』とか『妻隠』などを読んだ。ただその巧さが引っかかってそれ以来50年古井を読むことがなかった。亡くなった2日後の発行日が付いている『半自叙伝』(河出文庫)を買って、半世紀ぶりに古井を読んだのだった。
 本書は2012年発行の『古井由吉自選作品』全8巻と1982年発行の『古井由吉作品』全6巻(どちらも河出書房新社)の月報に書いたものをまとめたものだ。そういう意味では小説作品ではないので、富岡や佐伯が絶賛する古井の文体が顕著に表れているのではないかもしれないと思いながら読み進めた。
 古井は私小説的なエピソードにはあまり触れることなく書き進める。主に執筆に関する事柄を集めている。両親や兄弟の死は語られるが、結婚や子供のことはほとんど触れることがない。そういう意味では地味な生活が綴られる。本来退屈な叙述に終始しそうものだけど、読み始めたら面白くて巻を措く能わずだった。一気に読み終わってしまった。
 自叙伝だから事実の記載が中心でその通りなのだが、文章がふくよかなのだ。元々ドイツ文学が専攻のためか、文章が論理的で同時に過剰な説明もない。むしろ野見山暁治の文章にも共通する大胆な省略技法なのだ。ちらっと触れてそのまま飛躍してしまう。見事なものだ。
 それでは、富岡や佐伯が推薦する古井由吉の作品をきちんと読んでみよう。
 些事ながら、『半自叙伝』の解説を佐々木中が書いているが、これが提灯記事のようで頂けなかった。「現存する日本語圏最大最高の作家だ」と言っている。やれやれ・・・

 

半自叙伝 (河出文庫)

半自叙伝 (河出文庫)

  • 作者:古井由吉
  • 発売日: 2017/02/07
  • メディア: 文庫