池澤夏樹『この世界のぜんぶ』を読んで

 池澤夏樹『この世界のぜんぶ』(中公文庫)を読む。池澤は河出書房新社発行の『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集全30巻』をタイトル通り個人で編集している。その『近現代詩歌』で池澤は穂村弘(短歌)と小澤實(俳句)とともに詩を選んでいる。その詩人の選択に疑問を持ったので池澤の詩を読んでみたいと思った。なにせ池澤は荒地グループから北村太郎を選んで、鮎川信夫田村隆一吉本隆明も選ばなかったのだ。代りに父親の福永武彦と本人の詩を選んでいる。そちらの詩を読んでみればいいのだが、たまたま手に入った池澤の『この世界のぜんぶ』を読んでみた。

   この世界のぜんぶ



この世界のぜんぶを
きみにあげようと思ったけれど
気がついてみれば
この世界はぼくのものではなかった


ぼくが持っているのは
この世界のほんの一部
一個のパンと一本のワイン
それに一枚の毛布


これを二人で分けようと言ったら
きみは受け取るかい?
これだけを持って
いっしょに旅に出るかい?


足りないのなら
言葉を少し添える
実はもう添えてあるんだ
それがこの詩なのさ


いっしょに来るかい?

 この詩がそんなに高い評価を受けているのだろうか? だとしたら私は詩が分からないのかもしれないではないか。
 さらに本書について強い違和感を感じたのはそのデザインについてだ。まずノンブルがない。ページの数字がどこにも振られていないのだ。だから目次があっても読みたいページを引くことができない。ついで文字の小ささだ。まるで昔の文庫本の活字のようだ。文字の大きさは写植に換算したらほぼ12級、活版印刷の8ポイント相当だ。しかし選ばれたフォントは姿が小さいタイプで、12級・8ポよりさらに小さく見える。とても読みづらかった。ブックデザインは守先正とある。守先さんもあと20〜30年後には老眼鏡が欠かせなくなり、かつて小さな文字を選んだことを悔やむことになるだろう。


この世界のぜんぶ (中公文庫)

この世界のぜんぶ (中公文庫)