荒川洋治が毎日新聞の書評欄で田村隆一『詩集 言葉のない世界』(港の人)を紹介している(6月12日付)。
(……)初版は1962年刊。たった10編。詩の文字の印刷されたところが、35ページしかない、とても薄い詩集だけれど、緊迫感は、無常のもの。名編「帰途」の結び。「言葉なんかおぼえるんじやなかつた/日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで/ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる/ぼくはきみの血のなかにたつたひとりで帰つてくる」。最後のところなど、ちょっとくらいわからなくても、大丈夫。じっと見つめていると、詩の世界が現れる。新しい気持ちになれるはず。(中略)
普段は見えない方角に立って、個人と社会の実体を知らせる。鋭く、すばやく印象づける。それが田村隆一の言語だ。詩の要点をすべてそなえた、名詩集。
『詩集 言葉のない世界』には「開善寺の夕暮れ」が収録されている。開善寺は長野県飯田市郊外の上川路の古刹。宮本武蔵の書があり、日本庭園が有名だ。田村隆一は、宗左近に紹介されて開善寺を2度、昭和34(1954)年と昭和49(1974)年に訪ねて滞在している。当時、以前このブログで紹介した画家関龍夫が寺の一角に住んでいた。田村はそのことをエッセイに書いている。
開善寺の夕暮れ
雷鳴の沈黙に
日と夜は裂かれ
百舌の嘴は裂かれ
蛇の舌は裂かれる
寺院は崩壊せよ それゆえに
信仰があるのだ
鉄斎の山嶽図は裂かれ
われらの心を裂く 信州
上川路の秋ははじまるのだ
田村のエッセイ『詩人の旅』(中公文庫)から、
(開善寺の)裏庭から、本堂の回廊を歩いて、山門の方に行ってみよう。しだれ桜や松の巨木のあいだをぬって、やっと根のついたばかりの、か細い白樺の木をながめ、鐘つき堂の下から、真昼の境内をゆっくり歩いていこう。開善寺のほとりに住む無欲にして高潔なる老画伯の、まるで庵室のようなアトリエへ行ってみよう。ザクロがころがり、モズが一緒に暮しているアトリエ。それから老画伯と二人で、桑畠のあいだをぬい、薄暗い竹林をさまよい、小高い丘の上にのぼっていこう。シダや、ススキがはえている丘の上から、秋の伊那谷をながめてみよう。わたしたちの視線は、時又の天竜峡をわたり、美しい段丘に散在している、対岸の竜江の村落をつたわるだろう。「あれが仙丈です」――白髪の老画伯が、南アルプスの一角を指さすだろう。「秋が深くなると、あの山が紫色にかわるのです。ま、そのころまでいるのですな、ハッハハハ」
*「関龍夫という画家がいた」
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