帽子に関するエチケット

 日本では帽子を被る習慣を無くして久しい。私は義父の真似で帽子を被るようになったが(ハゲを隠すためでもある)、そのエチケットまでは真似する機会がなかった。レストランでは帽子を取る、これは分かる。喫茶店ではどうしたら良いのか? 先日、学習院大学で行われた佐伯隆幸の講演「サルトルと演劇」で、佐伯は劇場で帽子を被っている奴には腹がたつと言っていた。劇場では帽子は取るべきだと。映画館でも取るべきなのか? 
 金井美恵子『小説論』(朝日文庫)にはそのことに関する話題が語られている。

金井美恵子  (……)MGMにゴールドウィンというユダヤ人の大プロデューサーがいますが、サイレントの時代に「男と女がエレベーターに乗っている。その二人が結婚しているか結婚していないかを一つの場面でどういうふうにわからせることができるか」と若い監督だったかシナリオライターに聞いたというんです。そうすると、一場面では夫婦かどうかなんてもちろんわからない。例えば指輪を映してみたところで、二人が本当の夫婦かどうかはわからない。でも、ゴールドウィンにはすごく簡単なことだというのね。夫婦だったら男が帽子を脱いでいない、というんです。

 エレベーターの中に男女が乗っているとき、夫婦でなかったら男は帽子を脱ぐべきだというのだ。もっとも現在のアメリカではこの習慣はすたれてしまっているらしいが。
 帽子を被っていて、そのあたりの常識を知らないので、ときどき落ち着かない気分にさせられる。まあ、しかし、韓国では目上の人の前ではタバコを吸わないとか眼鏡を取るとか、そんなエチケットが常識だという。そんな韓国のエチケットは採用しようともしないで、アメリカの帽子のエチケットにこだわるのも何だかなあという気分もあるけれど・・・。


小説論 読まれなくなった小説のために (朝日文庫 か 30-3)

小説論 読まれなくなった小説のために (朝日文庫 か 30-3)