水木しげる『ねぼけ人生』を読む

 水木しげる『ねぼけ人生』(ちくま文庫)を読む。ゲゲゲの鬼太郎のマンガ家水木しげるの文章による自伝。子どもの頃、ガキ大将で学校の成績が悪かったこと。小学校を卒業して印刷屋の住み込みになるが、すぐ首になる。その後も版画屋とか松下電器に就職しようとするがどこも勤まらない。学校もいくつか入学するが成績不良で長続きしない。
 夜間中学に通っていたとき赤紙がきた。軍隊でも要領が悪く反抗的だったので、すでに戦況の不利なラバウルへ送られる。ラバウルでも決死隊に選ばれる。その決死隊の中からさらに選ばれた10人に入れられて偵察に出かけ、敵に襲われて水木を除く仲間が全員玉砕する。やっと基地へ逃げ帰ると、中隊長から「みんなが死んだのに、お前はなぜ逃げてきたんだ。お前も死んだらどうだ」と言われる。その後空襲で近くに爆弾が落ち左腕に大けがをし、翌日、軍医が軍用の七徳ナイフのようなもので腕を切断した。半年ほどたって腕の傷口もふさがり、実戦に使えない傷病兵たちがナマレというところへ送られた。そこで水木は現地人と親しくなる。水木は土人と書いているが。彼等に仲間扱いされるくらいに。
 終戦になり残れという現地人に7年後に帰ってくるからと約束して帰国する。しかし帰国しても食べる手段がない。片腕しかないし、仕事もない。最初紙芝居作者になるが、この頃の紙芝居は印刷ではなく描いたものがそのまま製品で、作者に入る画料はとても安かった。その紙芝居もテレビの普及で斜陽になる。水木は貸本マンガに転身する。しかし貸本業界も画料は安かった。その後月刊誌から注文が入るようになった時、雑誌の原稿料は貸本マンガの10倍くらいだったから、奥さんが「こんなにもらっていいの」と驚いたほどだ。
 売れっ子になりアシスタントを何人も雇う。それが変なアシスタントが多かった。それらのエピソードがおもしろく語られる。ラバウルへも7年で帰ると約束したのに、実際に再訪したとき26年もたっていた。
 水木しげるの自伝をとてもおもしろく読んだ。1991年には紫綬褒章を受章している。勲章が偉いとは思わないけど、まさに波乱万丈の人生と言えるだろう。ただ面白いのは事実だけれど、やはり作家の文章とは違う。記憶力は確かだし、細部の描写もしっかりしているのに、何が違うのだろう。誰かが井上ひさしの小説を評して、劇作家の小説だ、細部の書き込みが少ない。芝居では役者が細部を作るのでそれでいいのだろうが、小説ではそこが物足りないと言っていたことを思いだした。


ねぼけ人生 (ちくま文庫)

ねぼけ人生 (ちくま文庫)