松田哲夫『縁もたけなわ』を読む

 松田哲夫『縁もたけなわ』(小学館)を読む。松田はもと筑摩書房の編集者、400冊以上の本を編集し、筑摩書房の専務取締役にまでなっている。途中TBSテレビの「王様のブランチ」で本のコメンテーターを12年半務めた。
 本書の副題を「ぼくが編集者人生で出会った愉快な人たち」と言い、『週刊ポスト』に1年半連載したもの。ここには56人が取りあげられている。
 筑摩書房の編集者だったのでやはり作家が多い。はじめ安野光雅山口昌男水木しげるつげ義春赤瀬川原平野坂昭如井上ひさしなどの名前が並び、読んでいておもしろい。この本は売れているんだろうなと想像する。だが分厚い本を読み進めていくと小さな違和感を憶え始める。何だろう? 登場人物がみな良い人なのだ。もちろんそんはずはない。松田は編集者なので、取り上げる人物たちがある意味でお客さんたちなのだ。貶したり傷つけたりすることができない。ひと言で言って本書には毒がない。分厚い本に毒がなくて良い人ばっかり登場すれば必然的につまらないということになる。
 テレビのコメンテーターなんかを務めていたから、最後はタレントたちが登場する。彼女たちも作家たちと同列に遇される。おいおいこれはタレント本かと突っ込みを入れたくなる。本書で紹介されている『AV女優』の編集者永沢光雄を見習ってほしい。
 吉村昭の項で、編集させてもらったという吉村の句集『炎天』から一句を引いている。

吉村さんの句は、小説の作風とも繋がり、骨太で人間味あふれるものが多い。なかでも、文学に対する姿勢を表明していると思われる一句がぼくは好きだ。


 貫きしことに悔いなし鰯雲(いわしぐも)

 え、これのどこが良いんだ?
 もうひとつ気になったのは、装幀家=ブックデザイナーやイラストレーターに決まった人を集めている印象が強いことだ。いつも同じメンバーでチームを作っている。信頼できる連中がいるとも言えるだろうが、もっといろいろな人材と組んでみてもよかったのではないだろうか。最後は筑摩書房の専務取締役にまでなっているのだから、身近に接していれば良いところが多かったのかもしれないが。
 松田哲夫都立大学の学生のときから赤瀬川原平のところに入り浸っていた。先月、赤瀬川原平の自伝『全面自供!』(晶文社)を読んだばかりなのだ。これは松田が聞き手となって作られた赤瀬川の自伝だった。聞き手でもあって、付き合いの長い松田の名前が頻出していた。それでいささかなりと松田に親近感を持って本書を手に取ったのだったが……。


 本書でも取り上げられている優れた風俗ライター永沢光雄について
永沢光雄死去(2006年11月5日)