井上長三郎・井上照子展を見る


 東京、板橋区立美術館で井上長三郎・井上照子展が開かれている(12月27日まで)。先月から開かれていたのに、終了間際になってやっと見てきた。やはりまとめて見られる回顧展は見るべきだ。
 井上長三郎は東京都現代美術館に収蔵されている「東京裁判」は何度も見てきた。美術書に取り上げられることの多い「葬送曲」は、以前神奈川県立近代美術館 葉山で開かれた「戦争/美術1940-1950」で見た。どちらも代表作だろう。その他、印象に残ったのは、「エデンの午後」とか「寓話」、「白い椅子」などだ。社会批判をみごとに造形化している。とくに「東京裁判」は被告の東条英機たちが英語で話される検事や弁護人の言葉をヘッドホンを通して聞いている。その東条が「葬送曲」ではヘッドホンを付けたままピアノを弾いている。手前には椅子の上に「羽根のついた立派な軍帽が載せられている」(カタログの弘中智子の解説)。これは大元帥の帽子で、井上は昭和天皇を象徴させており、題名の葬送曲とは天皇制や軍国主義への葬送を意味しているのだろう。少なくとも井上の意図としてはそうだったはずだ。
 ほかの作品やデッサンを見ていくと、井上長三郎が本当に不器用な画家だったことが実感される。デッサンなどはびっくりするほど下手と言っていい。線が一発で決まっていない。すると、下手であることと良い画家であることが少しも矛盾しないことがよく分かる。
 先日T近代画廊で見た鶴岡政男展もつまらない抽象作品が多かった。それでも100号1千万円の値段が付いていた。鶴岡は傑作「重い手」で戦後美術を代表する画家と評価されている。井上長三郎も鶴岡政男も、また彼らに限らずどんな作家(画家)も、その最良の作品で記憶されるのだ。優れた作品が1点でもあれば、彼は美術史に残ることになる。あの岡本太郎でさえ、「痛ましき腕」がなかったらただ大きいだけの「太陽の塔」と、「芸術は爆発だ」のサントリーのTVCM出演のタレント芸術家に過ぎなかっただろう。
 井上長三郎と一緒に取り上げられている井上照子は長三郎の妻だ。難波田龍起の画風に似た抽象作品を描いている。もし彼女が長三郎の妻でなかったら公立美術館で取り上げられることはなかっただろう。どうせ企画するなら、井上長三郎・井上照子・井上リラの家族3人展を見せてくれた方が良かったのではないか。リラは母親より優れていると思われるのだから。


井上長三郎「葬送曲」について(2015年12月18日)

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井上長三郎・井上照子展
2015年11月21日(土)→12月27日(日)
9:30〜17:00(月曜日休館)
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板橋区立美術館
東京都板橋区赤塚5−34−27
電話03−3979−3251
http://www.itabashiartmuseum.jp/
都営地下鉄三田線西高島平駅下車徒歩13分