井上長三郎「葬送曲」について


 朝日新聞に井上長三郎の「葬送曲」が大きく紹介された(12月16日)。現在板橋区立美術館で「没後20年 井上長三郎・井上照子展」が開かれているからだろう。先週のNHK日曜美術館でもこの展覧会とこの絵が取り上げられていた。
 その朝日新聞の記事から。執筆は丸山ひかり。

 「これは私の敗戦画の一つである」。のちに、井上はそう記している。
 絵を発表したのは47年。東京裁判(1946〜48年)が行われていた。黄昏のような、息苦しさを感じさせる空間でピアノの前に座る男。頭のヘッドホンが、彼が東条英機元首相だと示唆している。
 軍国主義の社会の終焉を象徴させたのだろう。いまや権力をはぎ取られた彼の演奏に、かつて戦争に熱狂した国民は耳を傾けていない。

 この後の文章は井上の画歴など一般的な記述が続き、「葬送曲」についてはそれ以上触れられていない。NHKの解説もそれは同じだった。
 ヘッドホンは英語で行われた東京裁判の言葉を同時通訳で被告に伝えていたのだ。しかし、手前の椅子に変わった形の帽子が置かれていることには触れられていない。この帽子は大元帥のもので、つまり昭和天皇を意味している。井上は東条のみならず天皇に対しても批判的であった。そのことに賛成でも反対でも、「葬送曲」の解説としてはそれに触れなければ片手落ちだろう。井上にとってそれは重要なことだったのだから。おそらく当時にあっては帽子の意味するものは自明で、誰でも分かるシンボルだったに違いない。現在そのことの分かる人は数%に過ぎないのではないだろうか。私も2年前に神奈川県立近代美術館 葉山で「戦争/美術1940-1950」を見たときには分からなかった。