長田弘が亡くなった

 長田弘が亡くなった。5月3日、憲法記念日に。75歳だった。私が持っている長田弘の詩集は『現代詩文庫 13 長田弘』(思潮社)で、1968年に初版が発行された。私はそれを1971年に横浜で買っている。この時すでに4刷だから、長田弘は人気のある詩人なのだろう。平易な言葉で抒情的な詩を書いている。
 これに収録されている「クリストファーよ、ぼくたちは何処にいるのか」は長い詩で、350行を超えている。5連に分かれているが、4連までの最後は「おお 誰が信じようとしなくとも/時は短かい、ぼくたちに/時はさらに短いのだ。」の3行が繰り返されている。その第2連の後半3分の1を引く。

ああ ぼくは 死んだクリストファー・ブラウンのことを
じつになつかしく想いだす。
荒涼としたペンシルヴァニア州を横断し
くるしい6月の煙霧に抱かれた
シカゴへむかう朝のきついオートルートで
160キロ以上も 絶望的に
自動車をすっとばして死んでいった青年、
ぼくたちの時代の熱い感情と
なによりも野心と歌にあふれていた
端正な黒人ジャズ・トランペッターの酷薄な一生を。
夭折こそは すべての若い芸術家を駆りたてる
もっとも純粋な夢、ぼくたちの
夢のなかの夢であるもの。
けれども冷めたい夢の汗にぬれて
不意にふるえて ぼくはめざめる。
青年の栄光なんて、今日
酔い痴れることと 自動車事故で
ぶざまに死ぬことにしきゃねえんだ。
あたかも偶然のように死ぬ、
それだけがぼくたちを未来に繋ぎとめている
唯一のパッションなんだ?
おお 誰が信じようとしなくとも
時は短かい、ぼくたちに
時はさらに短いのだ。

 「おお 誰が信じようとしなくとも/時は短かい、ぼくたちに/時はさらに短いのだ」。このフレーズをいつも口ずさんでいた。その頃、日産自動車座間工場のプレス工だった。昼休みにマルクスの『経済学哲学草稿』なんかを読んでいて、友人から理想的な労働者だなと揶揄された。あれからもう44年が経っている。


長田弘詩集 (現代詩文庫 第 1期13)

長田弘詩集 (現代詩文庫 第 1期13)