山田宏一『NOUVELLE VAGUE 山田宏一写真集』を読む

 山田宏一『NOUVELLE VAGUE 山田宏一写真集』(平凡社)を読む。2010年6月に山田宏一水道橋駅近くのギャラリーメスタージャで写真展を開いた。その時のタイトルが"山田宏一写真展「NOUVELLE VAGUE(ヌーヴェル・ヴァーグ)」だった。映画評論家山田宏一が、ゴダールの映画『アルファビル』や、ジャック・ドゥミ監督の『ロシュフォールの恋人たち』、トリュフォー監督の『トリュフォーの思春期』などの撮影風景を撮影した写真、それにアンナ・カリーナの私室を訪ねて撮った写真、トリュフォーゴダールの叛乱によって大荒れになり、中止されたカンヌ映画祭の緊迫した模様などを撮った写真を展示したものだった。
 ギャラリーメスタージャで展示を行ったのは、本書を読んで分かったのだが、写真の現像やプリントを渡辺兼人らが担当したからだった。メスタージャは渡辺兼人が何度か個展をしていたギャラリーだった。
 その時の写真に、山田の文章を付け加えて本書が出来あがった。だから100ページ足らずの写真集だ。圧巻は何と言ってもアンナ・カリーナの私室を訪ねて撮ったほとんどプライヴェートの写真だろう。アンナにインタビューを申しこむと自宅の電話番号を教えてくれた。

……5月の初めに、パリのリュクサンブール公園のすぐ近くにあった彼女のアパルトマン、といってもだだっ広い屋根裏部屋に、取材を口実に押しかけて行った。へたな写真も撮った。

 インタビューと撮影に関する本文の記載はこれだけだが、写真のキャプションにもう少し詳しいことが書かれている。

大きな屋根裏部屋で、天窓もなく電気スタンドの灯りとロウソクの光(「これで少しは明るくなるかしら」と言ってアンナ・カリーナがロウソクに火をつけてくれた)と念力だけで撮影した。

 大好きな女優と二人だけで彼女のほの暗い部屋にいる、というほとんど夢みたいな時間だったのだろう。あまり詳しく語られていないのは、山田には別に『ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』(ワイズ出版)があるからではないか。
 6章として、「五月革命あるいはゴダールの決別」という写真のない文章だけの章がある。1968年のカンヌ映画祭の中止騒動のあと、ゴダールは変わっていく。同時期「五月革命」と呼ばれるフランス全土の若者を巻き込んだ大きな騒動があった。これは日本にも波及したほどだった。ゴダールは以後商業主義的な映画を撮らなくなる。いやゴダールの変容はその前から始まっていて、むしろ前年の『中国女』こそがパリの若者たちに影響を与えたのだという。これは中国の紅衛兵文化大革命を主題にしている。
 ゴダールはジガ・ヴェルトフ集団とともに、『東風』『イタリアにおける闘争』『ウラディミールとローザ』『パレスチナ・ゲリラ』など自主制作の階級闘争的な非劇場用映画を作っていく。
 本書末尾に、写真展に合わせて行われた田中孝道との対談が収録されている。(対談は2010年6月に行われた)

−−  文化史、映画史に残る事件(カンヌ映画祭の中止のこと)に立ち会ったってことですね。
山田  「五月革命」に! これを境に大きく変わりましたね、なにもかも。特にゴダールはすべてと断絶して、”政治の季節”に入って行った。
−−  ゴダールは今?
山田  80歳で元気いっぱい。新作の『ゴダール・ソシアリスム』は、その怒り狂ったような音のすごさに圧倒されただけで、私にはちんぷんかんぷんでしたが(笑)。

 私もこの『ゴダール・ソシアリスム』を見たけれど、本当に難解だった。
 それにしても、山田宏一の語るヌーヴェル・ヴァーグは本当に楽しい。1938年生まれだから、もう75歳になっているのだ。それが信じがたいほど書くものは若々しい。私の好きな著者の一人なのだ。
 山田が、ゴダールの『アルファビル』の撮影風景を撮ったのはハーフサイズのオリンパスペンDというカメラだったという。ベタ焼きが掲載されていて、イルフォードのフィルムを使っている。アンナ・カリーナの撮影にはアサヒペンタックスを使っている。いずれも懐かしいカメラだ。