「ゴダールと女たち」を読む

 四方田犬彦ゴダールと女たち」(講談社現代新書)を読む。読み始めてすぐ、私たちは幸福な本に出会うことができたと感じた。ゴダール論であり、そのゴダールの映画に主演した女優でゴダールと深く関係した5人を取り上げた女優論でもある。その5人は、ジーン・セバーグアンナ・カリーナアンヌ・ヴィアゼムスキージェーン・フォンダ、アンヌ=マリ・ミエヴィルだ。そして執筆したのが四方田犬彦、四方田には卓抜な「七人の侍論」がある。本書を幸福な本という所以である。
 四方田は大島渚の言葉を引く。

ゴダールはよほど自己変革してゆくことを重んじている人間にちがいない。アンナ・カリーナに続いてアンヌ・ヴィアゼムスキーもまたゴダールのもとを去ったと聞いて、私はああ女房に逃げられる才能を持つということもあるのだと言って感嘆したのだが、この一見自己変革しそうな顔付をした二人の美女は、自己変革を迫るゴダールのしつこい目に耐え切れなくなって逃げ出したのであろうと思う」

 ジーン・セバーグゴダールのデビュー作「勝手にしやがれ」で主演女優として起用された。それ以前にオットー・プレミンジャーの「聖女ジャンヌ」「悲しみよこんにちは」に主演している。その後も40本近い映画に出演しているが、晩年は黒人解放運動に深入りし、最後は自宅付近に停車中の自動車の後部座席で死体となって発見された。享年40歳。自殺ともFBIによる陰謀だとも言われたが真相は不明のまま。数多い男性遍歴のことも書かれている。
 アンナ・カリーナゴダールの7本の長編作品に出演している。「小さな兵隊」「女は女である」「女と男のいる歩道」「はなればなれに」「アルファビル」「気狂いピエロ」「メイド・イン・USA」それに短編1本だ。

気狂いピエロ』は、おそらく初期ゴダールにあって最高傑作というべき作品である。いや、この表現ではとうてい不充分だ。ゴダールの代表作だと説く人もいるし、戦後のフランス映画を代表する1本、いや世界映画史に永遠に記憶されるべき1本だと主張する人さえいる。実をいうと、私がそうである。

 アンヌ・ヴィアゼムスキーは最初ロベール・ブレッソンに見出され、彼の「バルタザールどこへ行く」で主役に選ばれる。ついでゴダールの「中国女」「ワン・プラス・ワン」「東風」などに主演する。しかし彼女はゴダールの過激な政治性に馴染むことができなかった。祖父はロシア貴族だったし、母方の祖父は作家のフランソワ・モーリアックだった。40歳ころから小説を書き始め作家として成功を収める。

 アンヌ・ヴィアゼムスキーは17歳で突然に映画の主役を宛がわれ、それをスクリーンで観てただちに深く魅惑されたゴダールによって、19歳のときに「彼の」女優として『中国女』で再デビューした。この軌跡は、同じく17歳で『聖女ジャンヌ』の主役に抜擢され、20歳で『勝手にしやがれ』で世界中に衝撃を与えたジーン・セバーグと年齢的に重なり合っている。だがセバーグが政治闘争と度重なる男性遍歴のうちに破滅したのとは対照的に、アンヌは短くないスランプを克服すると作家として着実に第二の人生を生き、今では現代フランス文学の一角を占める作家として活躍している。あるいは女優であったこととは彼女の人生の物語にあって、最初の短い挿話にすぎないのではないか。彼女と対話をしている間に、わたしはふとそのような感想を抱いた。
 とはいえ彼女がいまだにゴダールと過ごした歳月に複雑な拘泥を示していることも、やはり否定できない事実だろう。その点で対照的なのはアンナ・カリーナである。「ジャン・リュックのこと? 何でも聞いてよ。何でも教えてあげるわよ」。わたしがインタヴューをしたとき、いまだに俳優として歌手として現役のアンナは、ガハガハと笑いながらそう答えた。アンヌ・ヴィアゼムスキーが示した繊細な苛立ちと神経質な配慮は、このガハガハの対極にある。

 この後、ジェーン・フォンダとアンヌ=マリ・ミエヴィルについて語られる。とくにミエヴィルとは40年以上もパートナーを続け、映画制作においてもゴダールが大きな影響を受けているという。でも彼女たちについて紹介するのはもう省略しよう。
 最後に四方田はゴダールについて簡略に書いている。

 書物は冒頭と真ん中と終りをペラペラと読んで、使えそうな引用が見つかったらもうそれで終りにする。パレスチナでも、プラハでも、モザンビークでもいい。とにかくやたらめったら移動をする。誰もが真面目に議論している時には、いきなり逆立ちする。わたしがゴダールから学んだことは、厳密にいってこの3つであった。だがもうひとつ、女に次々と徹底してフラれるという習性だけが残っている。しかしこればかりは大島渚がいうようにはっきりと才能の問題であって、真似をしようとしてそうやすやすと真似のできるものではない。

 それにしてもゴダールでさえアンナ・カリーナに振られたのだ。


四方田犬彦「『七人の侍』と現代」はお勧め(2010年7月9日)


ゴダールと女たち (講談社現代新書)

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『七人の侍』と現代――黒澤明 再考 (岩波新書)

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