山梨俊夫『現代美術の誕生と変容』(水声社)を読む。戦後の日本現代美術を扱って最高の書だ。著者は神奈川県立近代美術館館長、国立国際美術館館長を務めた人。戦後から10年ごとに区分けし、当時の美術運動に焦点を合わせて具体的に語っている。読売アンデパンダン、リアリズム論争、ルポルタージュ絵画、具体美術協会、ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ、ハプニング、フルクサス、ハイレッドセンター、アンフォルメル、九州派、もの派、等々が歴史的に位置づけられ、解説され、戦後の日本現代美術史が見事に描かれる。
菅木志雄の〈もの派〉についての言葉、
わたしは、自分の作品にパラフィンを使用したけれど、パラフィンというもので、何か他のもののかたちや存在を表したかったのではない。わたしは、パラフィンそのものを提示し、その在様を表示したかったのである。パラフィンというものがどんな特質や属性を持っているのか、どのように見えるものなのか、最小限のかかわり方で、存在性を引き出してやりたかった。
80年代に絵画の終わりが語られた。
では、絵画の終わり、美術の危機といった論述は一体何を意味していたのだろうか。(……)いま敢えて簡潔に言えば、それらが指すのは、モダニズム絵画の終わりであり、モダニズム美術、もっと広く美術のモダニズムの危機ということになる。
山梨はモダニズムについて、ミシェル・フーコーがマネの絵画を論じるなかで指摘していたことを引用する。マネが行った西洋絵画の変化の重要な側面のひとつが、キャンバスの物質的特性、性質、そして限界を再び出させたということだと。続けて山梨は書く。
遠近法や明暗法を駆使して現実空間を疑似的に写していた「絵画の伝統」を後退させて、隠されていた絵画自体の物質としての存在を露顕させたこと。マネ自身がそれをどれほど意識していたかはともかく、統御された遠近法を崩し、平面性が強調され、非自然的な光を導き入れたマネによって、絵画自体の「物質的特性」が露わになり、絵画の存在そのものが浮かびあがってきたことに、フーコーは、絵画の近代性の表われを見出している。つまり、視覚が補足する現実を合理的客観性をもった遠近法や明暗法から離反させることで、絵画は、物質的存在としての自らを主張し始め、それはまもなく絵画の特性として領土を拡大して、それがモダニズム絵画の主要な性格のひとつになっていく。
絵画が新たな価値で抱え込んだ現実とは、絵画自身の現実性だと言い換えられる。
そのモダニズムを「マテリアリズム」と捉え、それに対してポップ・アートを「意味の美学」として捉えるのがアーサー・ダントーだった。
ウォーホルは、そうした複写されるイメージの集積を方法としたが、リキテンスタインの漫画の引用、ウェセルマンのピンナップから顔を消したさらなる無名性の強化もまた、消費社会のなかで何がしかの意味をもって生き永らえることなく消えていくイメージ、それ自体が消費の対象であるイメージを刈り取っていく。
山梨俊夫には『現代絵画入門』(中公新書)という名著もある。現代で最も優れた美術評論家だと言える。

