山田宏一『映画とは何か』を読んで(その2)

 山田宏一『映画とは何か』(草思社)を読む。23人の映画人へのインタビュー集。内訳は、映画監督12人、女優4人、映画評論家3人、その他作曲家やプロデューサーなど。男優は俳優・射撃インストラクターとしてトビー門口ひとりだけ。外国人が14人。昨日の(その1の)続き。
 山田宏一淀川長治との対談はバスター・キートンの笑いについてだ。

−−よくキートンチャップリンを対立させる考えかたがあるんですが、昔からありましたか。
淀川  そんなことないよ。
−−どっちかを支持するためにどっちかを否定するみたいな考えかたのパターンなんですが。
淀川  それはきっとね、どっちも孤独感があって、どっちも劣等感があってね。チャップリンも背が低い、いつでも劣等感がある。いつも寂しいのね、自分は。キートンにもそれがあるのね。でもキートンのほうがずっとグロテスクで鋭いのね。だからエリートの人はキートンが好きだね。チャップリンは甘い。ぼくなんかもチャップリンを最初に見たとき、甘いと思ったのね。(中略)いまだに映画のイロハみたいなことやってると思う。でも2回3回、4回5回見てると、やっぱり見事なのね。

 ミレーユ・ダルクが、出演した『ウィークエンド』を監督したゴダールについて言う。

−−ゴダールとの仕事はどんなものでしたか。
ダルク  撮影中あんなにつらかったことはありません。それに不愉快でした。ジャン=リュック・ゴダールは撮影中、俳優にひとことも口をきいてくれないのです。どういうふうにやるのか、なぜそうするのか、役は全然説明してくれない。ただ、俳優をいろいろなシチュエーションのなかに投げ込んで、その反応をためしてみてばかりいるのです。彼は俳優を物としてしかあつかわない。だから、彼の映画に出る俳優は相当マゾヒストでなければ耐えられないと思いますね。監督と俳優のあいだには、まったく何のコミュニケーションもコンタクトもない、なんにもないんです。シナリオもなければ、何もない。その役柄や演技にどんな意味やニュアンスがあるのか、俳優は何をやっているのか、まるでわからない。俳優にとって、あれほどおもしろくない撮影もないんじゃないかと思いますね。俳優だって人間ですから、監督と親密に理解し合って、一種の共謀者になりたいと思うのが当然です。でなければ、やりがいがないと思うのです。
−−しかし『ウィークエンド』は衝撃的な、すばらしい作品でした。もうゴダールの映画に出る気はありませんか。
ダルク  ありません。もう二度といっしょに仕事はしたくないですね。(笑)

 カトリーヌ・ドヌーヴに女の美しさについて訊く。

−−あなたにとって女の美しさとは何でしょうか。たとえば、マリリン・モンローとかブリジット・バルドーとかジャンヌ・モローとか、いろいろな女の美しさがあるわけですが……。
ドヌーヴ  女の美しさというのは、もちろん、単に容姿容貌の美しさ、みかけだけの造形的な美しさだけではないと思います。ジャンヌ・モローの美しさは、彼女の感覚や表情に知性のかがやきがあるからだと思うのです。彼女のように自分の存在とキャリアを知性と意志とでつねに見事につくり上げていく女優にわたしもなりたいと思います。
 ブリジット・バルドーマリリン・モンローは、たしかに、女として、肉体的には完璧な美そのものです。世界の2大美女とも言えるでしょう。しかし、彼女たちの完璧な美しさは、魅力というよりは、むしろ、暴力に近いものです。わたしは、こうした強烈で暴力的に、人を圧倒する完璧な美よりも、たとえ不完全であってもその不完全なこと、欠点のあることが、ある種の魅力を、愛すべき魅力を生みだすことのできるような美しさこそが女の美しさだと考えています。

 俳優で拳銃インストラクターというトビー門口との対談で、トビーはスティーヴ・マックィーンについて、戦争に行って人を殺しているだけあってガン・プレイがうまいと言う。

−−スティーヴ・マックィーンのガン・プレイはすごくリアルなんじゃないですか。
トビー  マックィーンがやっぱり一番ですよ。あれは、海兵隊に入って戦争へ行って人を殺しているだけあって、うまいですよ。(笑)『ゲッタウェイ』で、アル・レッティエリという悪役がこっちのドアから出て来たところをガーンと殴って、女がギャーッて叫んで、そのとき、倒れたアル・レッティエリの頭をねらうんですね。そのときに(銃を持つ右手首のところにてのひらを大きくひらいた左手を親指を下にして直角に立てるようにして)手をこうしているんです。
−−ははあ……。
トビー  あれは実際に戦争に行った奴じゃないとわからないんですけど、頭を撃ったときに脳みそが飛んで体にかかるんで、左のてのひらでよけているんです。
−−なるほど、すごい。
トビー  ベトコンを穴の前でうしろ向きにすわらせてドンと撃つときに、みんなそうやるんですよ。頭が割れちゃいますから、てのひらでよけないとビシャビシャにひっかかるんです、脳みそが。

 23人へのインタビュー集なので、600ページ近くあり、映画好きには応えられない充実ぶりだ。