荻上チキ『彼女たちの売春(ワリキリ)』を読む

 荻上チキ『彼女たちの売春(ワリキリ)』(扶桑社)を読む。ワリキリ=お金だけで割り切った、大人の関係。カジュアルな言い回しを装ってはいるが、ようは売春行為(ウリ)のこと。管理売春(業者が女性を雇って売春させる)とは異なり、個人が自分で客を見つけて売春すること。
 荻上は1981年生まれ、とても若いのに風俗に関する優れた研究をしている。以前読んだ『セックスメディア30年史』(ちくま新書)もすばらしかった。
 本書も荻上が数年間、現代日本でワリキリを行っている女性を取材したその結果をまとめたもの。

複数の出会いサイトを活用し、全国の出会い喫茶やテレクラを訪れ、100人を超えるワリキリ女性にインタビューを行った。全国規模の価格調査を毎年行い、3000人分以上のデータをまとめ、地域ごとの事情も調査してきた。

 本書もテーマごとに章分けし、それぞれ数人の女性たちの生の声を紹介している。ワリキリに至った理由はそれこそ個人個人さまざまであるが、一方俯瞰すれば共通項が見えてくる。「不幸な人間はみな様々に不幸だが、幸福な人間はみな一様に幸福である」。
 荻上が豊富な経験から、ワリキリをしている女性たちに特有な雰囲気を指摘しているところが興味深かった。ちょっと長くなるが、

 人が何かを継続するとき、その理由が徐々に変化するということは自然なことではある。ワリキリについても同様で、継続しているうちに金銭感覚が変わり、浪費が楽しくなってきたり、あるいはその浪費ベースを維持するためにワリキリに追われるようになることもしばしばだ。そうした女性たちと話をしているとき、僕は何度となく、彼女たちが醸し出す雰囲気に特有のチグハグ感を感じさせられた。
 例えば、それまでお金がなかった者が、突如、金銭的に余裕ができ、高価な衣服を身にまといだしたときの、独特のファッションセンス。繁華街で長い期間仕事をした経験のある者が、一目見ただけで風俗嬢かどうかをある程度見分ける嗅覚が身につくように、おそらく(出会い)喫茶に通う者もまた、独特のファッション感覚に既視感を覚えるだろう。ワリキリ女性の多くが風俗経験者であることもあってか、彼女たちの服装センスもまた、「風俗嬢としか言いようのない格好」の者が多い。
 服装自体は地味でとても安上がりな一方で、バッグやアクセサリーといったちょっとした小物にはやたらとお金をかけていたり、センスはややオタクやバンギャっぽく、しかし黒のレースが多用されたような露出の多い衣服を着用し、常に大きなカバンやキャリーバッグを持ち歩いていたり、とてもかわいらしい服装で、パッと見、とても気を使っているようでも、襟元などを見ると着古されたのか雑な洗われ方をされたのかクタクタで、そして肌や髪質の荒れには無頓着のままであったり、露出の多さが、男性の視線を集めるのを容易にするという学習によるものだとしても、あまりの手軽さ故にありがたみが損なわれ、逆に、その「だらしなさ」が近寄る男性を選り分けているようでもある。
 あるいは一緒に出かけて街を歩き、飲食店などで食事を共にしたときの、テーブルマナーや社交マナー。お金を持っていることから出てくる自信と、しかし店員に対して「上から命令してみせる」ことが、その自信を誇示するオトナな振る舞いだと思っているかのような言動。ヤンキー文化ともまた似て非なる、夜職経験者の独特の文法が、しばしばその姿をのぞかせる。

 引用文のなかで「バンギャっぽく」が分からなかった。「ヤンキー文化ともまた似て非なる」の原文は「以て非なる」だったが、これは誤植だろう。
「エピローグ」で簡単なまとめが書かれている。

 出会いサイトでやりとりされているメール件数を確認するだけでも、この国では少なくとも、1日に1万件以上のワリキリが成立し、月に1度以上の頻度でワリキリを行う女性が、少なくとも10万人前後は存在していると考えられる。一時期はワリキリを行っていたものの、「卒業」した者の数は、その何倍にものぼるだろう。それぞれの「卒業」理由はさまざまだろうが、彼女たちの抱えている問題のすべてが解決したわけではないことは、容易に想像がつく。(後略)

 さらに末尾に「ワリキリ白書」と称する、データが付されている。ワリキリを行った女性の学歴は圧倒的に高卒が多く、ついで中卒。初交年齢は15〜19歳、初めてワリキリをした年齢は18〜20歳。出会い系を知ったきっかけは圧倒的に友だちの紹介。ワリキリによる月収は10万〜40万未満。貯金額は10万円未満が多い。ワリキリの相場も地域によって異なり、最頻値は東京・埼玉・神奈川で2万円、北海道で1万5千円、沖縄で1万円など。DV経験や精神疾患も少なくない。等々。
 現代日本の「ワリキリ」に関しては、ほぼ完璧に解明されたと言えるだろう。半端な調査ではない。荻上に敬意を表したい。


 荻上ちき『セックスメディア30年史』についてはこちら
ちくま新書「セックスメディア30年史」を読む(2011年6月11日)


彼女たちの売春(ワリキリ) 社会からの斥力、出会い系の引力

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