『新・百人一首』(文春新書)を読む。選者が、岡井隆、馬場あき子、永田和宏、穂村弘の4人。副題が「近現代短歌ベスト100」。楽しい読書だった。
雑誌「文藝春秋」創刊90周年を記念して、2013年の1月号に掲載されたものを新書に編集した。永田と穂村が100人の歌人を選び、それらを4人の選者に25人ずつ割り振り、各選者が与えられた歌人の代表作1首を一人で選び、その解説を書いている。また、各歌人について、代表作1首のほかに「さらに読みたい−−秀歌2首」が挙げられている。
配列は生年順に並べられている。1番目は明治天皇だ。岡井隆が選んでいる。
あさみどり澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな
われ男(お)の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子あゝもだえの子
そして鉄幹の秀歌として次の歌を挙げている。
君なきか若狭の登美子しら玉のあたら君さへ砕けはつるか
鉄幹との恋に破れ故郷福井へ帰って若くして亡くなった山川登美子を詠んでいる。与謝野晶子と登美子は鉄幹を争って、登美子が敗れたのだった。その登美子への鉄幹の哀切が偲ばれる。
北原白秋は穂村が選んだ。
君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ
人妻との不倫の歌だが、それがなぜか人の心を打つ。
前衛短歌の雄、塚本邦雄からは穂村が選んだ。
本書巻末の選者4人と檀ふみとの座談会で、穂村が「皇帝ペンギンの解釈として天皇説があるということでもよく話題になる歌です」と言っている。天皇だとは気づかなかった。
馬場あき子は永田によって「夜半さめて〜」が代表作に選ばれ、「さくら花〜」が秀歌に選ばれている。
夜半さめて見れば夜半さえしらじらと桜散りおりとどまらざらん
さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり
私は馬場では「われのおにおとろえはててかなしけれおんなとなりていとをつむげり」が好きだ。若い頃左翼運動をしていた馬場が、運動から離れて日常に埋没してしまったと詠嘆しているようなこの歌が。馬場には『鬼の研究』という著書があり、そこでは中世の鬼は女の怨念だと書かれていた。
皇后美智子は岡井隆が採っている。
帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく岸とふ文字を歳時記に見ず
平成24年新年の歌会始の作で、御題は「岸」だったという。岡井は、立ちて待つのは東日本大震災で失われた人を待つ人々であり、シベリア抑留者を待つ人々であり北朝鮮に拉致された家族を待つ者だという。
寺山修司は馬場あき子が選んでいる。代表作と秀歌を紹介する。
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
人生はただ一問の質問にすぎぬと書けば二月のかもめ
私は若いとき、寺山の「二月のかもめ」から自分のペンネームを「5月のあほうどり」と付け、その名前で「はみだしYOUとPIA」に投稿していた。
小野茂樹は永田が選んで、「現代短歌の恋の歌のベスト5には入れたい歌だ」と言っている。
あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ
春日井建は穂村が選んだ。第1歌集『未青年』は三島由紀夫に絶賛されたが、春日井はホモセクシュアルだったので、三島は春日井のことを好きだったんだと座談会で岡井が語っている。
童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり
岸上大作は永田が選んだ。
血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする
岸上は60年の安保闘争でケガをして、その後失恋して自殺したのだった。
福島泰樹は穂村が選んだ。その代表作と秀歌。
一隊をみおろす 夜の構内に三〇〇〇の髪戦(そよ)ぎてやみぬ
その日からきみみあたらぬ仏文の 二月の花といえヒヤシンス
どちらも歌集『バリケード・一九六六年二月』に収められている。私は「しなやかな華奢なあなたの胸乳の闇の桜が散らずにあえぐ」も好きだけれど。
河野裕子は選者である永田の妻だったが、3年前に亡くなった。穂村が選んでいる。代表作と秀歌を。
たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり
ブラウスの中まで明るき初夏の陽にけぶれるごときわが乳房あり
近江が琵琶湖を指すことは分かったが、穂村によれば、琵琶湖と胎内に子を孕む母なるもののイメージが二重写しになっているという。
道浦母都子は馬場が選んでいる。代表作と秀歌、どちらも全共闘世代を代表する歌集といわれる『無援の抒情』から採られている。
催涙ガス避けんと秘かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり
君のこと想いて過ぎし独房のひと日をわれの青春とする
栗木京子は穂村が選んでいる。恋の歌だ。
観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)
水原紫苑は穂村が選んだ。
まつぶさに眺めてかなし月こそは全(また)き裸身と思ひいたりぬ
選者の穂村は昭和37年生まれで、本書の歌人中一番若い。代表作と秀歌を馬場が選んだ。
ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。ハロー カップヌードルの海老たち。
サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい
ここに書き写していて、とても気持ち良かった。短歌を読むのはなぜか楽しいのだ。
- 作者: 岡井隆,穂村弘,永田和宏,馬場あき子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2013/03/01
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (3件) を見る