芥川喜好の『時の余白に』を読む

 芥川喜好のエッセイ集『時の余白に』(みすず書房)を読む。芥川は1948年長野県飯田市生まれの東京育ち。早稲田大学を卒業し、読売新聞社へ入社。水戸支局を経て東京本社文化部で美術展評、日曜版美術連載企画などを担当と著者略歴にある。
 本書は毎月1回読売新聞に連載したエッセイ「時の余白に」の2006年4月から2011年9月までの分をまとめたもの。鷲田清一朝日新聞の書評で取り上げている(7月1日)。

 著者が抑えた声で口にする違和感の断片を星座のようにつないでゆくと、熊谷守一池田龍雄、早川俊二、谷川晃一らちょっと地味な作家にこと寄せた、著者の矜持が浮かび上がってくる。身の丈、落ち着き、思慮深さ、待つこと、削ぎ落とすこととといった、人の〈品位〉とでも言うべきものだ。

 芥川は新聞記者でありながら、良い文章を書く。書いていることも的確だ。最近の展覧会ではお馴染みの音声ガイドを聴きながら作品を鑑賞する人が増えたことに触れ、自分でも試してみたら解説の声に聴き入ってしまって、絵を「体験」した気にはなれなかったと、やんわりと批判する。
 巨大建築に対しても否定的だ。著者の住む郊外の住宅街に現れた高層マンションや新宿の副都心という高層ビル群など。
 イタリア人画家アルベルト・スギの作品を盗作したとして芸術選奨文部大臣賞を取り消された和田佳彦の事件に対して、

 ひたすら流れ落ちるにまかせたい。しかし、容易にざらつき感の消えないものがあることもまた現実です。騒ぎの続いた芸術選奨受賞画家の盗作疑惑も、何とも気の重い話でした。(中略)
 以前、新聞の日曜版で現代画家の紹介を続けていたころ、騒ぎを起こしたこの画家の訪問を受けたことがあります。何度も電話してきたあと会社に現れ、日本の美術界のことを教えてほしいと言われました。売り込みには距離を置いていたし、何よりも見せられた作品に心が動かなかったので、取り上げることもありませんでした。

 和田の作品を評価しなかったのだ。芸術選奨に強く推薦した美術評論家瀧悌造と大きな違いだ。
 読売新聞の日曜版の1面に1ページを使って日本の存命の画家を紹介する連載はとても良かった。一人で毎回書いていた。そこに紹介された画家が、これで自分もようやく世間に認められたと大喜びしたと聞いた。
 奥付を見ると5月10日発行なのに、もう増刷が決まったという。教えてくれた人とともに喜んだ。


時の余白に

時の余白に