日経新聞小説大賞を受賞した『野いばら』を読む

 梶村啓二『野いばら』(日本経済新聞出版社)を読む。日本経済新聞小説大賞を受賞し、辻原登毎日新聞の書評で絶賛していた(2012年1月29日)。その書評から、

 日本原産の野いばらがヨーロッパのバラの基礎になったことはよく知られている。5月から7月、日本の山野に咲き香る白い小さな花が何者かの手によって英国へ渡り……、と夢想する中から、これ以上ない上質のロマンが紡ぎ出された。見事な大聖堂(カテドラル)のようだ。現代日本のビジネスマン縣(あがた)和彦の物語がカテドラルの外陣を、彼の手に偶然もたらされる、150年前、横浜に駐在した英国海軍情報士官ウィリアム・エヴァンズの手記が内陣を構成する。堂内に響くのはバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータで、音に乗って運ばれてくるのは野いばらの芳香だ。

 こんな風に書かれれば読まざるを得ない。なるほどよく書けている。日本語を学びたいというエヴァンズに、幕府の役人成瀬勝四郎は教師役として親戚の美しい女由紀を推薦する。エヴァンズと由紀は日本語や花や音楽を介して惹かれ合う。しかし由紀の背後に浪士らしき姿が垣間見える。英国軍と幕府の間に緊張が生じたとき、由紀はエヴァンズを野いばらの群落へ誘う。しかし、その群落に着いたとき、由紀はエヴァンズをその群落の中に誘い息をひそめる。そこへ浪士たちがエヴァンズを襲うべく現れた。だが、野いばらの群落の中にいる由紀たちの存在に気付かないで去って行ってしまう。
 途中まで引き込まれながら読み進んできたのに、このあたりからよく分からなくなってしまう。由紀と浪士たちは仲間なのか、成瀬勝四郎と由紀の関係はどうなっているのか、由紀と浪士たちが仲間なら土壇場まできて由紀が浪士たちを裏切ったのはなぜか。いや「愛」だというのだろうが、唐突で説得力がない。全体に伏線が少なすぎる。
 それに野いばらの群落なんて太い蔓が縦横に絡まっていて、由紀の懐剣などで簡単に切り払えるものではないし、そんなことをしたら追ってきた浪士たちにすぐ見つかってしまう。
 現代の場面に移り、アムステルダムの空港で縣が迷子の日本人の少女に出会い、その子の母親を捜していてようやく会えたとき、母親は迷子になっていた娘を見つけたことよりも縣が彼女の幼馴染みだったことに感激する。
 細部はそれほど悪くないのに、全体の構成がよくないと思う。これが大賞なら、他の候補作はぐだぐだだったのだろう。


野いばら

野いばら