冷凍うどんを推薦する

 東京大学出版会のPR誌「UP」2011年12月号に須藤靖のエッセイ「注文の多い雑文 その17 宇高連絡船UDON」が載っている。須藤の専門は宇宙論太陽系外惑星とのこと。「UP」の読者は多いとも思えないし、須藤のエッセイを読む人はさらに少なく、これから紹介しようとするのは、このエッセイの「注」の一つなので、ほとんどの人が目にすることはないだろう、ならばこの紹介も無意味ではなかろうと考えた次第。
 須藤は映画『UDON』で、主人公のユースケ・サンタマリアが「宇高連絡船で食べるうどんは正直言うとまずかったにもかかわらず、その味は決して忘れられないすばらしいものだった」と言った台詞から話を展開する。それで実際に宇高連絡船に乗ってうどんを食べてみる。

いよいよ目的のうどんコーナーへ。うどん300円也を注文すると、おもむろに冷凍らしい麺をゆで始める。一見、何の変哲もなさそうなうどんであるが、口にすると……やっぱり何の変哲もなかった。
 むろん、まずいという訳ではない。冷凍面だから十分コシはあるし、だしも関西風でうまいのだが、はっきり言ってかなりぬるい。これが40年間記憶に結晶化されていた味とは思えない。正直がっかりである。

 この「冷凍麺だから十分コシはあるし」のところに注の記号がある。その注が面白かった。それは、

 私は常日頃から、冷凍うどんを考案した人は天才だと考えている。保存性という観点のみならず、打った直後の麺をのぞけばうどんのコシを保つ方法としては他の追随を許さない。ゆで麺は言うに及ばず、乾麺もまたその足下に及ばない。2010年6月にアメリカのサンディエゴで開催された天文学の国際会議期間中、5、6名の天文学者と日本居酒屋でその話をしたところ、「冷凍うどんなんか食べたことがないし、うまいとも思えない」という世界観の狭い可哀相な(あるいは裕福な)人がいた(ちなみに大阪出身の東北大学Y教授)。そこで私は「この店のメニューにあるうどんを注文してみよう。冷凍うどんかどうかは食べればすぐにわかる」と豪語した。実際、出てきたうどんはコシがありとても美味であった。早速私は冷凍うどんであることを看破し、日本人バイト店員に「厨房でこれが冷凍うどんであったかどうか確認してきてください」と頼んだところ、確かにそうであるとの返答を得た。もしも未だ冷凍うどんを試したことのない方がいらっしゃれば、ぜひとも今からスーパーに直行されることをお勧めする。ちなみに最近は東京大学生協食堂において提供されるうどんもまた冷凍麺を使用している事実にもこの場で注意を喚起しておきたい。

 須藤は連載しているこのエッセイで、ずいぶん難しいことも書きながら、注では思いっきり遊んでいる。珍しいくらいユーモアのある学者なのだと思う。
 なお、連載タイトルの「注文の多い雑文」の「注文」には「ちゅうぶん」のルビが振られている。