なぎら健壱『東京路地裏暮景色』を読む

 なぎら健壱『東京路地裏暮景色』(ちくま文庫)を読む。なぎらは東京銀座生まれのフォーク歌手。酒に関するエッセイや東京下町散策などの著書が多いようだが、私は始めて読んだ。タイトルどおり東京の下町路地裏の酒場をあちこち飲み歩いてそれらを紹介している。楽しい本だ。
 なぎらのこの本の特徴は街に絡めて人が語られていることだろう。店の主人や印象に残った人物が面白く語られている。先輩のフォーク歌手高田渡のことは何度も触れられる。好きだったのだ。
 亀戸にあるカメリアホールでは毎年コンサートをやっているという。ある時、昔知り合った最後のヴァイオリン演歌師と呼ばれた桜井敏雄師から亀戸で飲もうと誘われた。桜井の知人が亀戸で飲み屋を開店したのだという。桜井は酒を断っていたので代わりになぎらに飲んでもらおうと思ったのだ。その店主は桜井の兄弟子であった新宿の演歌師の孫弟子にあたった。久しぶりの再会が嬉しかったようで、店主の飲むピッチが上がっていった。2時間ほど飲んだとき、突然目の据わった店主が「先生よ〜、なんで兄貴の葬式に出なかったんだよ。えっ?」と絡み始めた。やがて「外へ出ろ」となって、なぎらたちは店を後にした。
 何年かたって、なぎらが桜井にあの店のことを訊ねると、刑務所に入っていると小さな声で言った。女房を殺してしまったのだ。
 こんな辛いエピソードも語られているが、総じてとても楽しい読書体験だった。ここで紹介されている人形町近くにある天然物の魚だけを食べさせるという飲み屋「酒喰洲」にも行ってみたい。


東京路地裏暮景色 (ちくま文庫)

東京路地裏暮景色 (ちくま文庫)