カトリーヌ・アルレー「理想的な容疑者」(創元推理文庫)がすばらしい。ミステリとしてとても優れている。ネタバレを避けるため、これ以上触れることは止そう。ただ、著者が女性であるため、男に対する女の立場からの非難の台詞が強く実感を伴っている。男の作家にはこういう台詞は書けないのではないだろうか。登場人物セリアの言葉。
人間は誰にも従属してはいないの。自分自身を与えるのよ。貸すなんてことでは絶対ないの、まして抵当貸しなんてものではないのよ! わたしの考えでは、貞節というのは、習慣的な言葉を大文字にするだけのことよ。そう、それだけよ。でも、どうして女のほうが男より貞節になるのかしら? 言って上げましょうか。それはね、女が男よりずっと大人だからよ。宝物を探すのに男よりも先に飽きてしまうからなのよ。3、4回経験すると、人の好い男は入れ替わり立ち替わり現れるかもしれないけれど、問題は変わらないってことを、女は理解するからよ。名前が変わるだけのことなのよ。ロベールがポールになり、それからジャック、それからローラン。それで女は、興味の中心を、より変わりやすくないものに移して行くのよ。
ところが男は、年を取れば取るほど、自分の夢にしがみつくのね。いちばん新しく手に入れた女だって、最初の女に似ているのよ。髪が薄くなって、お腹が出っ張ってくると、衰えた魅力をスポーツカーで埋め合わせようとするわけ。スポーツカーは年々強力になるでしょう。それで男は自分以外のすべてが変わっていくって考えるのよ。
貞節についてセリアの考えに沿って考えてみようと思った。貞節とはサルトルの言う自己欺瞞に似ているかもしれない。
次は見事な性愛の描写。
ミシェルは彼女を長椅子に横たえた。ソバカスの散ったアニェスの顔は青白かった。ブラウスから、サクランボの乳首をつけた円く固くミルク色の乳房があふれ出た。
ミシェルの手は自分の領地を取り戻していた。谷や山をさぐり、喜びとともに河口を発見していた。秘密の匂い、唾液の泉、わきの下の入江、水の枯れた臍の井戸などを、彼の舌はまた新たに知った。
彼の髪のなかに入っているアニェスの指は、巧みに彼の頭を導いていた。
御しにくい牝馬に乗ったミシェルは、アニェスのこもったあえぎのつくるテンポを守っていた。溜息のまざった降伏の言葉を、二人は互いに小きざみに盗み合った。ビロードの舌に対してなかば開かれた唇。欲望をさらに激しくするための歯の触れ合い。神経の音階の調子を高める指の楽弓、砲撃する男の身体の下の砲撃される女の身体、情熱を倍加させる相互の強姦、恋人たちを樹液によって美しくする官能のもの憂さ、エクスタシー、錯乱、好色の岸辺に打ち上げられた残骸。ポリネシア、礁湖(ラグーン)、珊瑚礁のヒスイ色の浅瀬、泡立つ浜、繰り返し植民地化されしかもつねに自由な、捉えがたく、淫らで、ノスタルジーによって人を陶酔させる孤島。ふたたびさらに高く飛ぼうとする欲望、着陸しようとする欲望、ふたたび離陸しようとする欲望。二人が一人にならぬ限り倦むことはない。
二人は交互に騎手となりサラブレッドとなって野原を駆けた。一方が与えれば、受けたものはそれをさらに高めて返した。逆になって生命をしたたらす砂時計。神々の食卓の酒宴に加わる人間。愛はすべてを昇華していた。
カトリーヌ・アルレーの代表作「わらの女」を読んでみよう。
- 作者: カトリーヌ・アルレー,荒川浩充
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 1981/12
- メディア: 文庫
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