丸谷才一「思考のレッスン」(文春文庫)がおもしろい。
「左翼は小児病に対して弱いし、右翼は直接行動に対して弱い」
「小林秀雄さんが吉田(健一)さんを認めていなかったということはご存知でしょう」
「いまでも岩波文庫にジョイスとプルーストがないのは、第二次大戦後しばらく、あそこの編集部がソビエト作家同盟の文学観を信奉していて、モダニズム嫌いだったことの名残、という面もあると思いますよ」
もう少し長い部分を引用する。
一体に日本の評論は−−文藝評論でもそれ以外の評論でも−−、文体を論じるということがほとんどない。日本の近代文化は文体を軽視する性格のものでした。たまに文学者が文体のことにこだわると、それは単なる個性の表現としての文体の話、文明と関連のない根性的文体論でした。
本書はタイトルどおり「思考のレッスン」について書かれている。目次を列挙すると、レッスン1からレッスン6まで、それぞれ「思考の型の形成史」「私の考え方を励ましてくれた3人」「思考の準備」「本を読むコツ」「考えるコツ」「書き方のコツ」となっている。ちなみに私の考え方を励ましてくれた3人とは、中村真一郎、バフチン、山崎正和だという。
丸谷は山崎正和を非常に高く評価している。以前読んだ丸谷才一の「文学のレッスン」(新潮社)でも、山崎の本を二大名著の一つだと持ち上げている。
湯川豊 日本のこの分野、文学史的批評の代表というと……。
丸谷才一 まず頭に浮かぶのは、山本健吉『古典と現代文学』。(中略)
もう一冊、山崎正和『不機嫌の時代』。これまた名著です。古典日本文学を論じては『古典と現代文学』、近代日本文学を論じては『不機嫌の時代』、これが二大名著じゃないかと思いますね。
今回の「思考のレッスン」でも、
そして何と言っても僕が一番感心するのは『不機嫌の時代』という長篇評論。
説明するまでもありませんが、明治40年代、日露戦争の後で、日本の知識人たちの多くが、方向を失い不機嫌な状態に陥った。50代の森鴎外も、40代の夏目漱石も、30代の永井荷風も、20代の志賀直哉も、みんな不機嫌だった。そこから近代日本文学は始まった、そういう議論ですね。
それで山崎正和「不機嫌の時代」(講談社学術文庫)を読んでみた。しかし丸谷が言うほど評価はできなかった。近代日本文学論というより、鴎外、漱石、荷風、直哉に共通するものを取り上げて論じている。それを日露戦争後の時代、社会と結びつけている。そのことは良い視点だと思う。だが、彼らと共通しない作家たちも多くいたことから、4人の傾向だけをとらえて近代日本文学論というのは正確ではないだろう。
さらに山崎の執筆が1970年代だったこともあって、当時は実存哲主義哲学が大きな影響力を持っていたので、山崎は「不機嫌な」気分を実存の不安に安易に結びつけている。
キルケゴールは「不安」という気分を主題に据ゑた最初の哲学者であつたし、カミュが「不条理」の名で捉へたものも、全世界が疎遠に見えるやうな一種の気分であつたと考へられる。そして、ほかならぬハイデガーをキルケゴールに結ぶものもあの不安の概念の分析だつたとすれば、俗にいふ実存哲学者を一貫するものは彼らの気分への注目であつたと見ることができる。思ひきつていへば、近代における実存思想の最大の貢献は、じつは人間存在の根底に、かつての理性に代つて気分を見出したことだといつても誇張ではないはずである。
私は哲学について論ずる学識も資格も持っていないが、山崎のこの実存に関する理解は不十分なものだと思う。「不機嫌な」気分を実存の不安と簡単に結びつけるべきではないだろう。
さて、最初に戻って、丸谷才一「思考のレッスン」であるが、ベストセラーになった外山滋比古「思考の整理学」(ちくま文庫)より10倍は役に立つだろう。

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