「ザ・リンク」で教えられたちょっと変な話

 コリン・タッジの「ザ・リンク」(早川書房)は面白かった。副題が「人とサルをつなぐ最古の生物の発見」といい、ドイツで発見された4700万年前の霊長類の化石を巡って、その化石がいかにすばらしいものか、どのように霊長類の進化を解明するのに役立つか縷々述べられている。この化石の発見はロゼッタ・ストーンの価値にも匹敵するとか、地球への小隕石の衝突並みの事件だとか形容されているほどだ。化石の状態が信じられないくらい良く、95%が残っていて、消化管の内容物まで分かるという。研究者は自分の幼い娘の名前をとってイーダと名付けた
 ただ専門の学術論文にしたら数ページで済む話なんだろうが、科学ジャーナリストが一般向けに書いているものだから、古生物学の背景を説明したり、霊長類の進化を解説したり、今回の化石の発見の意味を紹介したりとじっくり書き込んで400ページ近い本に仕立てている。
 その中で本筋には直接関係しないが、ちょっと興味深いところを紹介しよう。

 ほとんどの哺乳類と、人間を除くすべての霊長類では、陰茎骨という骨でペニスが補強されている。そのおかげで、ガラゴ(原猿類の一種)のような生き物のオスは、生殖器がたえず勃起した状態で一生を過ごす。陰茎骨の形は種によってさまざまで、生殖器の外見の違いはさらに大きい。棒状のものもあれば、先端に向けてそり返っているものもある。背側に骨が通っているものもある。昆虫によく見られるとおり、オスの生殖器はメスの生殖器に、鍵が錠に入るようにぴたっと収まる構造になっているかのようだ。種によっては、ペニスは求愛行動で誇示する器官の役割を果たす。陰茎骨が相対的に巨大な種もある。現在知られているガラゴのうちで最小のものを人間の大きさにしたら、陰茎骨は30センチメートルほどになるだろう。(中略)
 それではなぜ人間には陰茎骨がないのか、と思われるかもしれない。男性はあまりに男らしさを売り物にしているせいだ、と言う生物学者もいる。どの動物のオス(あるいは、一般にオス)の第二次性徴も、すべて精力の象徴だと考えられている。雄鹿は、大きくて健康でないと(そして、歳を重ねて、生き残れる能力を示せないと)、巨大な枝角を生やしたり、力強く続けざまに鳴き声を上げたりできない。オスのクジャクは、寄生虫を抱えておらず、栄養が良くないと、巨大で機能的には不合理な尾羽を維持して動きまわることができない。実際、雄鹿の枝角やオスのクジャクの尾羽はあれほど負担になるからこそ、持ち主の精力の証(あかし)たりうるのだ。それらは、あらゆる種類のオスは、暮らしがあまりに楽なので浪費ができることをわざわざ示すために、自らにハンディキャップを負わせることがよくあるという、「ハンディキャップ原理」を地で行くものだ。陰茎骨のない動物にとって、説得力のある勃起を達成するには、静水圧に頼るしかない。そして、静水圧は精力的な個体にしか生み出せない。明白な支えなしに勃起を達成できても、つがいとなる相手の候補には、求愛者の健康について知りたいだけの情報が伝わらないかもしれないが、少なくとも一つの重要な面で、現に不健康でないことだけは明らかになる。

 30cmのそり返った骨入りのペニスをたえず勃起させた状態で一生を過ごすなんて何て恥ずかしい人生だ。そんな状態になったら絶対に外出なんかできないだろう。
 イーダの化石はアマチュアの化石コレクターが掘り出してひそかに私蔵し、24年後にひっそりと売りに出された。それをオスロの博物館が約1億円で購入したのだった。

ザ・リンク―ヒトとサルをつなぐ最古の生物の発見

ザ・リンク―ヒトとサルをつなぐ最古の生物の発見