タイトルがエッチっぽい『快感回路』を読む

 デイヴィッド・J・リンデン/岩坂彰・訳『快感回路』(河出書房新社)を読む。副題が「なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか」とある。何か期待して読んでしまった。「プロローグ」から、

 非合法な悪習であれ、エクササイズ、瞑想的な祈り、慈善的な寄付行為といった社会的に認められた儀式や習慣であれ、私達が生活の中で「日常から外れた」と感じる経験はほとんどの場合、脳の中の、解剖学的にも生化学的にも明確に定義される「快感回路」(報酬系)を興奮させるものである。買い物、オーガズム、学習、高カロリー食、ギャンブル、祈り、激しく続くダンス、オンラインゲーム、これらはいずれも、脳の中で互いにつながり合ったいくつかの決まった領域へと収束する神経信号を生み出す。この一群の脳領域は、まとめて内側前脳(ないそくぜんのう)快感回路と呼ばれている。人間の快感は、この小さなニューロンの塊の中で感じられている。
 快感回路は人間に生来備わるものだが、コカインやニコチンやヘロインやアルコールなどの刺激物によってこの回路を意図的に乗っ取ることもできる。人類の進化は私たちに、コカインでも大麻でも、瞑想でもマスターベーションでも、ボルドーワインでも牛肉でも、あらゆる経験から夢心地の快感を引き出せる身体を与えてくれたのだ。
 快感をこのように見ると、人間の身体の中で社会がいちばん熱心に取り締まろうとしている部分はどこかということについての考え方が変わってくる。法律や宗教や社会道徳が最も厳密にコントロールしようとする器官は、生殖器か、口か、声帯かと考えられるかもしれないが、実は内側前脳快感回路こそがそれなのだ。社会としても個人としても、私たちは快楽を手に入れ、かつそれをコントロールすることに全力を傾けている。その努力の中心にあるのが、私たちの脳の奥深くに潜むこの快感回路なのである。
 この回路はもう一つの戦いの場でもある。快感のダークサイド、そう、依存症だ。今日では、依存症が内側前脳快感回路内のニューロンシナプスの電気的、形態的、生化学的機能の長期的変化に関係していることが明らかになりつつある。依存症の特徴である耐性(ハイになるための必要量がどんどん増えていく)や渇望、離脱症状、再発といった恐ろしい側面の根底には、おそらくこうした神経機能の変化が存在するのだ。

 快感の問題は実は依存症の問題であったのだ。まず薬物が取り上げられ、ついで食欲、そして性欲、ギャンブル、ランナーズハイ等が分析される。これは問題の大きい順でもあるように思える。意外にも性欲が上位に位置していなかった。快感は依存症へと変化させられてしまう。
 さて、閑話休題。動物のマスターベーションが、ウマ、サル、イルカ、イヌ、ヤギ、ゾウなど多くの哺乳類で頻繁に観察されるというのもおもしろかった。

イヌ、ヤギ、サル、モルモットなど多くの種で、オスは自らフェラチオをする。ときにはそれで射精に至ることもある。霊長類のメスが自らクンニリングスを行ったという注目すべき報告もいくつかある。囲いに入れられたメスのチンパンジーが庭のホースから流れ出る水を直接クリトリスに当てる様子が観察されたこともある。メスのオランウータンは木の皮や棒で作った粗雑な張り方を使うことすらある。あるメスのヤマアラシは、棒にまたがって歩き回り、振動を股間に伝えていた。しかしおそらく動物たちの中で最もマスターベーションに創造性を発揮しているのは、オスのバンドウイルカだろう。彼らはくねくねと動き回る生きたウナギをペニスにまとわりつかせる。(後略)

 こんな興味深い記述がまだまだ延々と続いている。いや期待が大きかった(何の?)ばかりに多少評価は低いものの、読んで無駄なことはないと思う。タイトルの『快感回路』は原題をThe Compass of Pleasure、直訳すると『快のコンパス』らしい。コンパスは「範囲」でもあり、「羅針盤」でもあるという。

快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか

快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか