野見山暁治の画家たちに対する寸評

 野見山暁治の「続アトリエ日記」(清流出版)が面白い。楽しい。画家に対する寸評がとても興味深い。毎日雑用に追われている。こんなに忙しくていつ絵を描くのだろう。その画家たちに対する寸評を拾ってみた。

 昼前の飛行機に乗って、早めに久留米の美術館に着く。坂本繁二郎展。
 この画家は、日本人には希薄な立体の意識を、どこから学んだのか。経歴を読んでも、それらしい環境はない。パリで学んだと思っていたが、すでに渡航まえ、牛のモチーフの連作が見事にそれを見せている。
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 妙な展覧会を見た。若くして亡くなった人らしい。石田徹也。その妙なところに心ひかれる。日常の器具に紛れこむ青年の、それこそ日常、日本人には珍しいシュール・レアリズム。どこかメキシコのフリーダ・カーロを想わせる肉体の、あるいは心の傷つき。
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 東京都現代美術館大竹伸朗展。この人の素描集を誰かに貰ったことがある。もうずいぶん前だけれど、面白かった。こんどの案内状は個展でも回顧展でもなく〈全景〉となっている、はてな。刷り込まれている紙面いっぱい、やたら雑誌の活字、写真、わけが分からん。
 行ってみて初めて分かった。わけが分からんということが分かった。その真っただ中に一人の人間がいる。これが素晴らしいことだった。なんでもいいから画集一冊、こんどは金を出して買った。
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 ホルストヤンセンはわざわざ日本のこの直(千石の和紙屋)という店から和紙を取り寄せて、あの大量の作品を残したのだと初めて知った。翻訳されたこの画家の言葉、陰湿な性欲が剥き出しで面白かった。ヤンセンの絵がよく分かる。
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 ヒロシマナガサキ被爆をテーマにしたこの壁画(岡本太郎明日の神話」)を、広島市内に恒久設置したいという趣意書と〈サポーター登録・承諾書〉という用紙が入っている。
 この画家の絵、ぼくは好きじゃない。岡本太郎とはパリのキャフェで時おり出会った。個展の飾り付けを手伝ったりもした。邪気のない人だったが、それが日本で誤解もされ、有名あつかいもされた。それはともかく、あの絵は体質的に合わない。合わない絵を恒久的に見せられるのは嫌だ。原爆という人類の罪を、あの絵が具現しているとは、とても思えない。
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 フェルメールの〈牛乳を注ぐ女〉の絵の前に立つ。あたりに並ぶ似たようなオランダ風俗画の中で、この絵の空間の濃ゆい密度。それから上半身をあらわにしたレンブラントの銅版画の女の深い哀しさ。
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 日本橋の画廊で麻生三郎の小品展。敗戦で打ちのめされていたころから慕っている。今も慕いっぱなし。
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 京橋に出て黒崎俊雄の個展。学生の頃のクロちゃん、絵がだんだん小さくなり、ぼくは諦めていたら、ひと回り大きくなって現れた。嬉しいよ。
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 夕方、みゆき画廊、酒匂譲の油絵、ふにゃふにゃ、こんなに力の抜けた筆使いも珍しい、ぼくは好きだ。
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 ブリジストン美術館岡鹿之助展。時おり見かけたが、体の弱そうな小父さんだった。その可憐さが画面に定着しているが、これだけ訴えてくるのは旺盛な持久力のせいだ。
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 高島屋での宮崎進展。ボロ布が画面いっぱいに張られて、なにやらおどろおどろしい。やさしいもの、和やかなものとは刺激の度合いが違う。本人、ふんわりとした顔なのになあ。
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 日がかげるころ、練馬区立美術館に出かける。高山辰雄展。この画家は、伝統の中で、今日の在りようをまさぐっているうちに息たえた。
 どの絵が好きかと、高山展を企画した野地さんが会場で尋ねる。ぼくはヘンテツもない写生画に、好きなのがあった。恰好つける日本画家が溢れている中で、この画家の呟きは誠実だ。
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 日本橋に出て、早川重章の個展。いい絵描きだよなあ。紙の上に才覚、走っているが、油絵の方にぼくはこの画家を感じる。
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 松濤美術館池田史子展。風景、人物、それぞれに遠い国の寂寥感漂うが、ぼくはこの女性画家の花が好き。男には描けないエロスが漂う。

 坂本繁二郎に対する高い評価は意外だ。岡本太郎に対する評価は同感。石田徹也、「日本人には珍しいシュール・レアリズム」というのも同感だ。京橋の黒崎俊雄の個展は私も見た。ギャラリー川船だった。酒匂譲、私も大好きだ。早川重章では私は紙にグワッシュの方がいいと思う。


アトリエ日記 続

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