佐藤愛子の家族の伝記「血脈」(文春文庫)を読んでいると、次のエピソードがあった。
馬糞を踏んだら背が高くなる。ザルをかぶると背が伸びなくなる、と伯母さんがいったので、八郎(サトウハチロー=佐藤愛子の異母兄、佐藤紅緑の長男)は荷馬車がやってくるのを待っていて、ボタボタボタっと一気に落ちて湯気が上っているホヤホヤのやつを跣(はだし)で踏んづけた。ホヤホヤの馬糞はほかほかとあったかくて、頃合いに柔らかくて気持ちよくグニュッと土踏まずの下でつぶれる。(中略)
「そんなことして、ひょろひょろの電信柱になったらどうするつもりだい」
伯母さんがいったので、八郎はご飯の時、ザルをかぶって食べた。
サトウハチローは1903年生まれだ。その45年後に生まれた私も保育園の時に同じことをしていた。馬糞を踏むと背が高くなると言いながら、当時すでに馬はほとんど見かけることなく、牛が車を引いていた。われわれは仕方なく牛糞を踏んで背が高くなることを願った。その牛糞も頻繁に見つかるわけではなく、しばしば古くて固くなっていた。そんなとき悪童どもは小便をかけて柔らかく踏みやすくしたのだった。でもあの頃はどんな履き物を履いていたのだろう。靴ではなかったのではないか。履き物が牛糞で汚れた微かな記憶が残っている。
サトウハチローって、「ちいさい秋みつけた」「うれしいひなまつり」「わらいかわせみに話すなよ」「リンゴの歌」「長崎の鐘」「うちの女房にゃ髭がある」などの作詞者なんだ。すごいじゃん。妹佐藤愛子の評価はメチャクチャ低いけれど。