植物学者浅野貞夫の憂鬱

浅野貞夫 日本植物生態図鑑
 以前「浅野貞夫がなぜ「植物生態図鑑」の刊行を中断したか?」というエントリーを書いた。
 http://d.hatena.ne.jp/mmpolo/20070418
 浅野貞夫は千葉県立長狭高校の生物の教師をしながら、千葉大学教授沼田真の指導のもとに精密な植物生態図を描き始める。1953年のことだ。以後亡くなるまで40年間、世界でも類を見ない正確で精緻な生態図を描き続けた。浅野の植物生態図は従来の植物図鑑の図とは異なり、植物の地上部はもとより地下部、花、葉、茎、果実、芽ばえ、幼苗、ロゼット、休眠芽の位置等々を詳細に観察し図にしていったものだ。特に休眠芽の位置はそれによって生活型を分類するため非常に重要だった。1枚の植物生態図が1年では完成することなく何年もかかっている。
 生態図鑑を作ることは最初から決まっていたものの、なかなか完成に至らなかった。前述したように、地上部を得て描き、翌年花を描き、別の年に幼苗を描くという仕事だったので、まず鉛筆で描き、全部が揃ったところで1枚の台紙に貼り込み、そこで初めて墨入れをしていた。鉛筆画のときにざっと描いていたところも墨入れの時点で完成させたのだった。
 しかし、いよいよ図鑑を編集しようという時にまだ墨入れしていない膨大な図が残っていた。編集者が墨入れをプロのイラストレーターに依頼することを提案した。イラストレーターが墨入れしたものを見た浅野はその提案を受け入れなかった。しかし現実にはそうする以外図鑑を完成させる方法はなかった。
 浅野貞夫は1994年に87歳で亡くなった。それからもイラストレーター(村尾宵二)の墨入れが続いた。「浅野貞夫日本植物生態図鑑」が完成したのは、2005年になってからだった。
 図鑑が完成した時、浅野の教え子である生物の教師が繙いて見ていた。突然彼が叫んだ。これは先生の図じゃあない。それはカヤツリグサを描いたページだった。単子葉植物であるカヤツリグサの葉脈は平行脈だ。それが平行でないばかりか一部交差してさえいる。浅野貞夫がなぜこんな素人のような誤りを犯したのか?
 村尾宵二もいい加減な仕事をするイラストレーターではない。おそらくこういうことだろう。浅野は鉛筆で描いたとき、平行脈をささっと適当な線で描いておいたのではないか。墨入れするときに正確に描くつもりで。ところが村尾は植物のことは何も知らなかった。適当に描かれた線を正確にトレースしたのだろう。
 この図鑑の中で半分は浅野が墨入れをしているらしい。浅野は墨入れして初めて図が完成したと考えていたようだ。完成した図には右下に「ASANO DEL. ORIGINAL」とサインを入れていた。当然村尾が墨入れしたものにはこのサインは入っていない。これを見れば浅野が墨入れした完璧な生態図なのか、村尾が墨入れしたトレースなのか分かるはずだ。しかし、そのことが公になるのを嫌ってか、編集者は浅野が入れておいたサインをすべて削除してしまった。こうして教え子がこの図は違うと叫んだ結果になってしまったのだ。
原色図鑑 芽ばえとたね―植物3態/芽ばえ・種子・成植物
 ヤマハハコやヨモギのように右下に不自然な空白がある種はおそらくサインの消された跡だ。これらは浅野貞夫が墨入れした種に間違いないだろう。セイタカアワダチソウもまぎれもなく浅野が墨入れをしている。これも浅野の死後発行された浅野貞夫著「芽ばえとたね」の冒頭にこのセイタカアワダチソウの図が掲載されている。これには右下のそのサインが入っている。しかし、もともと手書きだったサインがここでは活字に変えられている。編集者が生態図鑑と同じ人間だ。サインを活字に置き換えるなんて全く無知な編集者だとあきれるしかない。
 私がこんなことを綴っているのは、カヤツリグサの図を見て、浅野貞夫はずいぶんズサンな学者だったのだなどと決して思ってほしくないからだ。本当に優れた学者であり、すばらしい人格者だった。