永井するみのミステリ、そしてエイズ

枯れ蔵 (新潮文庫)
 10年前に、当時出版されたばかりの永井するみの農業ミステリ「枯れ蔵」(新潮社)を読んで、内容のでたらめさに呆れてしまった。以来彼女のたくさんの著書は読む気になれない。アマゾンの紹介より。

富山の有機米農家の水田に、T型トビイロウンカが異常発生。日本に存在しないはずの害虫がなぜ―。有機米使用の商品を企画した食品メーカー社員・陶部映美は調査を開始するが、その矢先、友人であるツアーコンダクターの不可解な自殺を知る。その謎は次第に害虫騒動と不気味な関連をみせはじめた。「コメ」をテーマに据えた前人未踏の農業ミステリーにして、第1回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作。

 作者は日本の稲の重要害虫であるウンカ防除用の殺虫剤には、有機りん系、カーバメート系、ピレスロイド系、エトフェンプロックス系があると言う。これがでたらめである。このことがミステリの内容に深く関わっているから許せないのだ。エトフェンプロックス系なんてものはない。ピレスロイド系殺虫剤の一種がエトフェンプロックス(一般名)なのだ。
 物語は東南アジアのタイで研究されていたある種の殺虫剤抵抗性ウンカを日本の水田にばらまいた者がいて、どの殺虫剤もそのウンカに効かない。その時タイで研究されていたDケミカルのゾアックスという殺虫剤だけが効果があったためそれが売れるというもの。ウンカはゾアックス以外に抵抗性をつけた系統だったのだ。ゾアックスは日本でも登録が下りていたが、効き目がイマイチだったため全く売れなかった。しかしこの事件のために爆発的に売れたのだった。これも絶対にあり得ない。
 農薬の開発には特に安全性の確認のため10億円以上の開発費がかかる。だから効果のないものをメーカーは製品化しない。開発には流通メーカーも含めて数社が関係する。また農林水産省も新しい農薬の認可には既存の農薬と同等かそれ以上の効果が認められないと販売を許可しない。メーカーが開発して農水省の認可が下りたにも関わらず、効果がイマイチなので全く売れていなかった殺虫剤という設定があり得ないのだ。
 もう一つ、エイズに関しても誤解がある。冒頭エイズ患者の黒人にレイプされるシーンがなぜかあるが、これを死刑宣告のように描いている。エイズはおそらく極めて感染力に劣るのだ。簡単には感染しないのではないか。以前イタリアでエイズに感染した女性が、腹いせに多くの男に感染させてやろうと、乱交パーティーに参加したり、街で男を誘ったりしたが、いっさい避妊しなかったことで逮捕された。警察の呼びかけに応じてエイズ検査を受けた男達のわずか数人しかエイズには感染していなかったというニュースを読んだことがある。
 ここまで書いて内容を確認しようと数年前に文庫化された「枯れ蔵」を見ると、エトフェンプロックス系という言葉が訂正されていた。もう一度書くと、殺虫剤に有機りん系とカーバメート系、ピレスロイド系、エトフェンプロックス系とあると初版に永井が書いたのは、たとえて言えば拳銃の種類には、回転式と自動式とコルト45式があると言うようなものだ。