南方熊楠が天皇に猥談をご進講する

mmpolo2007-01-11




 鶴見和子に「南方熊楠」(講談社学術文庫)という著書がある。その中に面白いエピソードが紹介してあると思って探したが見当たらなかった。どこで読んだのだったか。南方が昭和天皇にご進講をしたときのエピソードだ。本書にはその話はなかったが、ご進講のことは書かれている。

 1929年6月1日、天皇南紀伊へ行幸された時、南方は田辺湾上神島近くで、お召し艦長門で進講した。
 それまでに、さまざまな妨害があった。神島はもともと南方の神社合祀反対と天然記念物保護の運動によって、破滅を免れたところである。田辺湾周辺、とくに神島の植物生態について、南方ほど調査研究した生物学者はいない。南方が最適であることは明らかであった。しかし、県庁、警察などの地方当局者は、南方が猥談でもしでかしはせぬか、乱暴を働きはせぬかとつまらない口実をつけて、かれを排除しようとした。しかし、天皇がみずから、南方熊楠の話をききたいと所望された。そのために反対勢力も打つ手なく、
「無位無冠の者を御召鑑に召さるるは先例なきことにて、県知事や衆議員すら供奉鑑に陪乗するも、御召鑑へは小生一人限り召さるるなり」という自体になった。
   御説明の御内旨は、
 (一) 本県植物分布大略
 (二) 粘菌学上の御説明数条
 (三) 小生多年研究成績の内、数条
(中略)
 この日南方は、三好子爵の子息からロンドンでもらいうけたという、1889年仕立て(つまり40年前)の、つぎはぎだらけの羊羹(ようかん)いろのフロックコートを着て、お召鑑にのぞみ、35分間の進講を無事に終えた。
(中略)
 南方の没後、1962年5月、天皇が白浜に行幸されたとき、既往の南方の進講を想い出でられてよまれた御製

  雨にけふる神島を見て紀伊の国の
    生みし南方熊楠を想ふ

 さて、どこかで読んだエピソードはこの時のご進講のものだ。南方は天皇にきのこの標本を示し、これさえ飲ませればどんな女性も思いのままになると説明した(つまり媚薬であると)。すると天皇はやにわに両手を机の上について、机の匂いを嗅ぎ始めたという。これは南方が語ったもの。
 実は天皇は必死で笑いをこらえていたのだという。一流の学者がまじめに講義している内容を笑ってはいけないというのが天皇の心境だったようだ。確かに机に手をついてふっふっと笑いをこらえる姿は匂いを嗅いでいるように見える。
 後日、この話が右翼に伝わり、南方は陛下に猥談をして怪しからんとなったという。