東京国立近代美術館のゲルハルト・リヒター展を見る

 東京国立近代美術館ゲルハルト・リヒター展を見る。リヒターは「ドイツが生んだ現代で最も重要な画家」(東京国立近代美術館のちらし)と言われている。1932年ドイツのドレスデンで生まれた。第2次世界大戦の結果ドレスデン東ドイツになる。リヒターは1961年西ドイツのデュッセルドルフに移住。最初、雑誌や新聞記事の写真を油絵に描き起こすフォト・ペインティングを描き、ついでカラー・チャートを再現したような作品、キャンバス全体を灰色で塗ったグレー・ペインティング、様々な色を塗り重ねた抽象画、透明なガラスだけの立体作品などを作る。

 フォト・ペインティングは新聞や雑誌などのニュース写真や自分のプライベートな写真から油彩に描き起こしている。リアルに描くのではなく、一部を塗りつぶしたりしている。会場に「8人の女性見習看護師」と題されたフォト・ペインティングの作品が展示されていた。シカゴの看護学生寮で突然押し入った男に惨殺された看護学生たちの生前写真を描き写したものだという。ほかにトルソとかモーターボートで遊ぶ家族を描いたものなどもあり、私にはいずれもつまらなかった。

8人の女性見習看護師

モーターボート

トルソ

頭蓋骨


 一番つまらなかったのはカラーチャートのシリーズやストリップと題された色彩の縞模様を描き込んだ左右10メートルの作品。グレイの縞模様の作品もつまらなかった。

ストリップ

ストリップ(部分)


 一方、特異なのはガラス板の作品。何も描かれていない素通しのガラス板が8枚固定された「8枚のガラス」という作品。ほかにも単なる鏡を設置しただけの作品もある。

 ガラスの作品と言えば、デュシャンの「大ダラス」を思い出す。デュシャンはその作品に謎めいた図像をはめ込め現代美術で最も評価の高い作品とした。また男性用便器や瓶乾燥機など既成の品物を作品として展示するなど、コンセプチュアル・アートを創出した。リヒターのガラスの作品はデュシャンの「大ガラス」へのリスペクトなのだろう。

8枚のガラス


 圧巻だったのはアブストラクト・ペインティングのシリーズ。今回の目玉は「ビルケナウ」という4点の連作。ビルケナウはナチのユダヤ強制収容所の名前。しかしそのタイトルの作品4点は抽象画だ。東京国立近代美術館のちらしによると、

 

見た目は抽象画ですが、その下層には、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所で囚人が隠し撮りした写真を描き写したイメージが隠れています。

 

 

 隠されているもの考える必要はないだろう。単なる抽象画として見ればいい。その抽象画としての完成度は極めて高いと思う。リヒターの真骨頂ではないか。

ビルケナウ

ビルケナウ

ビルケナウ


 思うにドイツ現代美術の巨匠としては、リヒターとアンゼルム・キーファーがいる。リヒターが抽象的または概念的な作品を作るのに対して、キーファーは社会性をもった具象的な絵や彫刻を作っている。リヒターがデュシャンの系譜を引くとするなら、キーファーは社会性をもったヨーゼフ・ボイスの系譜と位置づけられるのではないか。リヒターの画業に感嘆しつつも私はキーファーに与するものである。それにしてもリヒターの作品は高価だ。2年前にポーラ美術館が購入したアブストラクトは30億円もしたという。生前このような高値を得た画家は他にいるだろうか。作品の価格が直接作品の評価を表しているのではないけれど。

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ゲルハルト・リヒター

2022年6月7日(木)―10月2日(日)

10:00-17:00(金土は20:00まで)

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東京国立近代美術館

東京都千代田区北の丸公園3-1

ハローダイヤル:050-5541-8600

http://richter.exhibit.jp/