小山登美夫『“お金”から見る現代アート』を読む

 小山登美夫『“お金”から見る現代アート』(講談社+α文庫)を読む。現代アートの代表的なギャラリスト小山登美夫が現代アートと呼ばれる最近の美術ついて、主に経済的な面から紹介している。「現代アートビジネスの入門書」というのが惹句。もっとも本書の親本(単行本)の出版は2008年、すでに14年の昔になっている。

 最初のころ小山は村上隆奈良美智を専属にしていた。当時もっとも売れっ子だった作家たちだ。2008年のニューヨークのサザビーズのオークションで村上隆の立体作品「マイ・ロンサム・カウボーイ」が16億円で落札された。これについて、

 

 素材はグラスファイバーなどで、高さは254センチ、顔はアニメの主人公風の少年だが、全裸で、しかもペニスは勃起、精液が身体を包むように高く宙に渦巻いている。これが運慶の仏像を遙かに超える金額で落札されたのだ。

 

 運慶の仏像は村上の作品の2か月前、クリスティーズのオークションで12億7千万円で落札されたのだ。国宝級だと話題になったものだ。私も「マイ・ロンサム・カウボーイ」が小山登美夫ギャラリーで発表されたとき見に行った。当時小山はこれが300万円で売れるんだと半ば呆れたような口調で話していた。

 ただ、オークションというのは売り手と買い手の駆け引きで値段が決まるもので、それがそのまま作家の標準価格になるわけではない。以前、ガレリア・グラフィカで発表していた画家H・Kの作品に画廊では号1万円の値段を付けていた。100号で100万円だ。しかし香港のオークションでは号10万円で売れたので買った人はしばしばすぐ香港で10倍で売っていた。しかし、ガレリア・グラフィカの気骨ある女画廊主は、彼の実力から号1万円が妥当だと値上げはしなかった。オークションの価格は人気が薄れれば簡単に下がるだろう。誰も買い支えることはない。

 美術の市場にはプライマリー・マーケットとセカンダリー・マーケットがある。プライマリーというのは、作家の作品が初めて社会に出る市場で、作家→画廊→買い手という流れだ。セカンダリーは、作家の手を離れた作品が、買い手からまた画廊やオークションを通じて市場に出てくること。プライマリ―・マーケットでは画廊(と作家)が価格を決めるのに、セカンダリーでは市場が価格を決めることになる。オークションでは特に買い手との取引で価格が決まる。

 一般に作家(画家)が亡くなると作品価格が高騰すると思われているが、それは違う。亡くなると新しい作品が供給されなくなるので、価格の決定が画廊(画商)の手を離れて市場に任せられることになる。人気のある作家は亡くなって値上がりする(有元利夫など)が、多くの作家は画商のコントロールがなくなるので値下がりしてしまう。

 社会的な要素も価格に反映する。福沢一郎は30年ほど前は号4万円だったが、その後文化勲章を受章して一時は号40万円まで高騰した。また具体美術の画家で上前智祐はそれまでほとんど売れなかったのに、90歳を過ぎてアメリカの美術館から声がかかった途端数千万円に高騰した。

 まあ、そんなような話題が語られている。読んでいて、緊張感の感じられない内容や上手くもない文章にちょっと違和感を持っていたが、あとがきを読んで、小山の語ったことをライター(編集者)がまとめたものだとわかって納得した。小山にはたぶん執筆に関する積極的な動機はないし、ライターには美術に関する深い知識がないだろうから。