荒川洋治『霧中の読書』を読む

 荒川洋治『霧中の読書』(みすず書房)を読む。これがとても楽しい読書だった。荒川の最新3年間の書評集。本書を読んでまた何冊も読みたい本ができてしまった。

 吉本隆明詩学叙説』は『言語にとって美とはなにか』から41年後、平成18年の詩論集。散文は「意味」、詩は「価値」の視点で、近代から現代への詩の歴史、表現の変化を読み解いていく。語句の振幅と奥行を測る視線は、これ以上望めないほどこまやかで鋭い。吉本隆明の状況論、思想論は、こうした、詩の言葉を見つめる文章の経験を基盤にして生まれたのだと思う。散文だけに向き合う現在の批評家には書けない、ゆたかな一冊だ。

 広津和郎『散文精神について』(本の泉社)を広津の代表的論考の新版と紹介し、「作家論、散文芸術論から社会・政治論に及ぶ」と書く。

 現代にはこのような文芸評論は存在しない。文芸誌の評論や文芸時評では、社会科学もしくは時流に合う学術的視点など外部の力を借りるものがふえた。見映えはいいが、遊戯に近いものになりはてた。文芸評論は、限界点を自覚しながらも、文学にかかわる知識や経験をもとに、その人自身の眼を見開いて、ものを見つめようとするものだ。文章の最後の最後まで、「忍耐強く」考え、思いをこらし、ことばを尽くす。それが文芸評論なのだと思う。『散文精神について』は文芸評論の意義を伝える、歴史的な書物である。

 荒川が紹介し、読んでみたいと思ったのは、色川武大『うらおもて人生録』、十返肇『五十人の作家』(講談社)、高見順『対談 現代文壇史』(筑摩叢書)、サローヤン『ヒューマン・コメディ』(光文社古典文庫)、川上未映子『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』、『水瓶』(どちらも青土社)、『西東三鬼全句集』(角川ソフィア文庫)など。
 荒川は激しい詩人なのだった。

 

霧中の読書

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