色川武大『うらおもて人生録』がおもしろい

 毎日新聞に「昨日読んだ文庫」というコラムがあり、文化放送ディレクターの首藤淳哉が『うらおもて人生録』を取り上げている(2015年11月15日)。

 失敗を重ね、ほとほと自分に嫌気が差したときに決まって手に取る1冊が色川武大著『うらおもて人生録』(新潮文庫)。毎度すがるような思いでこの本を開く。そして確実にこの本は、新しい一歩を踏み出す力を与えてくれるのである。
 若いころから賭場に出入りし、いろいろな勝負を目の当たりにした色川少年は、そこで「人生の真実」を学ぶ。
 眼を見張るほど強い人が、あるときからふっつりと姿を消してしまう。かと思えば、いつも程よい勝ちを得てすっと席を立つ人もいる。この違いは何か。
 色川さんが賭場で身に着けたのは「人生のしのぎかた」とでも呼ぶべき処世術である。その要諦のひとつが「9勝6敗の思想」だ。
 人間の運の総量は決まっている。だから勝ち続ければ必ずどこかでしっぺ返しを食らう。それを防ぐにはうまく黒星を拾うことがコツだと色川氏は説く。うまく負けるというのは、勝者が称賛されがちな世間とは逆を行く考えで、まさに目からウロコ。(後略)

 色川武大阿佐田哲也の名前で麻雀小説も書いていて雀聖ともあがめられている勝負師。私は色川を描いた伊集院静原作のテレビドラマ『いねむり先生』を見て興味を抱き、その原作も読んだ。さらに競輪小説の佐藤正午『きみは誤解している』も読み、彼らが尊敬する色川武大を読んで見たいと思っていた。そこへこのコラムを知り、『うらおもて人生録』を読んだ次第。
 初出に関する情報が掲載されていないので正確なことは分からないが、毎日新聞に1年間連載したものをまとめたものらしい。文体がマシュマロのようにヤワで結構スカスカなので、おそらく口述筆記であまり手も入れてないのだろう。そのためきわめて読みやすい。しかし内容は充実している。色川は若者に向けて人生論を説いている。さすが稀代の勝負師だから世の先賢たちが言いそうなこととは全く違うことを語っている。それが人生訓としても読めるし、勝負の教訓としても読めるところが何よりもおもしろい。
 前哨戦での小さな勝ちが大事だという。その小さな差が次の局面ではお互いの間に倍のハンデを生む。それを放っておくと次から次へとハンデが開いていく。とか、賭場で玄人はその晩の勝ちのピークで立って帰ることができる。素人はなかなかすぐに立てないでまた谷間に入ってしまう。
 次のようなところでは、いたいたこんな奴と同意したくなった。

 生地がずるい、ってことは、器が小さいということだ。まず、生地は、ずるくないのがよろしい。ただし、そのうえで万能選手であればもっとよろしい。ここで勝負というときは、なんでもできなくちゃね。ウィークポイントがあったら勝てないよ。スケール、スピード、変化、なんでもだ。
 けれども、一番大切なのは、(勝負の場合でも)生地がずるくないこと。
 これから成人しようという人たち、まず要領だ、なんて思ったら、それははじめからマイナー指向になっちゃってるんだよ。
 まず、誠意だ。これが正攻法だ。そうして誠意や優しさや一本気な善意がスケールにつながるんだ。だから人格形成期に、まずスケールを大きくしていくことを考えよう。

 勝負師が誠意が大事だなんて言っているから驚いてしまう。しかし正にそういうことなんだろう。昔、若いくせに「人生はったりだ」などとうそぶいていた男がいて驚いたけど、やはり彼が大成することはなかった。
 文庫本で400ページ、口述筆記でなくちゃんと執筆したら半分以下の分量で書けただろう。しかし若い人向けの人生録という趣旨なのだからこれでいいのかもしれない。


うらおもて人生録 (新潮文庫)

うらおもて人生録 (新潮文庫)